11まんが好きな少年

1 東映動画 



 西武池袋線に再び乗り、富士見台駅を目指す。
 電車は比較的空いていた。
 ドアが開く。
「東映動画」と書かれた大きい茶封筒を持った背広姿の男性が乗って来た。
 たかはしは「オット」目でその封筒を追った。
(あの人は東映動画のスタッフかもしれないぞ。オレが小さい時から好きだった東映動画。あの会社がこの近くにあるんだ)
 ドキドキする。
 胸の鼓動が自分自身にも聞こえてくる。

 東映動画の劇場第一作「白蛇伝」から最近作「ホルスの大冒険」まですべての作品をたかはしは観ていた。
 また、東映動画はテレビアニメも制作しており、「狼少年ケン」から「タイガーマスク」まであらゆるジャンルを手掛けていた。
 たかはしはどちらかといえばテレビアニメの方が好きだった。
 予算の少なさからか、それともアニメーターの未熟さからか、線の荒さとぎこちない動きに新線さを感じるのだった。
 劇場用の大作はそれなりの魅力はあるが済みから済みまでソツがなく、動きの滑らかさには「もっと楽しく動かしてもいいじゃないか」と反発さえ感じていた。
 それでも「ホルスの大冒険」は新しいアニメの動きと内容の重感さに久々に満足感は持っていた。

2 子供の時代 



 たかはしは同じ世代の中では、比較的恵まれた境遇にあったかもしれない。
 東映動画作品や東宝のSF映画などは、いろいろな機会に観ることができた。
 当時、たかはしの周りで観ている者は少数だった。
 皆が生活に追われていた山形では、経済的にも時間的にも映画を観続けることは困難だった。
 昭和30年代から40年代前半、たかはしの周辺の地域では、まだまだ生活はそれほど豊かではなかったのだ。

 たかはしの家も例外ではなく、白黒テレビさえも小学生の前半にはまだ家にはなかったのだ。
 毎晩、近所のテレビのあるお宅にお邪魔して、テレビを見させてもらっていた。
 そのお宅にとっては、まったく迷惑な存在だったのだろうが、おかげでほとんどの人気番組を観ることができたのである。
 ただ、近所で見せてもらうテレビのブラウン管に映る「東京」や「大阪」は、自分自身が身を置いているこの現実世界とはまるっきり違う印象であった。
 また、漫画も同じで、第一線で活躍しているマンガ家や小説家の作品に触れることなど経済的にも、そして心にも余裕がなければ許されない状況だったが、友達を回って借りるなどして、ほとんどの少年誌を読める環境にもあった。

 よしひで少年の父はトタン屋の職人だったが、もともと漫画や映画などが好きな人物だった。
 よしひで少年のためにか、はたまた父本人が読むためかは不明だが、月刊雑誌『少年画報』を定期購読していた。
 その雑誌には本誌よりも別冊ふろくが何冊も付いていた。
 表紙は季節感溢れるロケーションに、アカ抜けた少年がいつも白い歯を出して笑っている。
 それがやけに東京っぽいように、よしひで少年には見えていた。

 ある時、スイカを大きく切ってもらった。
 手ぬぐいを頭に被り、後ろでしっかり結んだ。
 水泳帽子のつもりだ。
 ランニングシャツを脱いで上半身裸になった。
 いろいろなポーズをとるがいまひとつパッとしない。
「そうだ!!」
 母親の鏡台に行き、白粉と口紅を探す。
 東京の子どもは肌の色が白く、唇がやけに赤いのを思いだした。
 顔に一生懸命化粧をする。
「ペッペッツ ヘンな味だ」
 いよいよスイカを持って鏡台の前に立ち、大きく口を開けて「ニッ」と笑ってみた。
 よしひで少年は少年雑誌の表紙になったつもりなのだ。
 その瞬間、よしひで少年の後ろで「ギャーア」という悲鳴が上がった。
 鏡に映ったよしひで少年の変わり果てた美しい東京っ子を見た弟がびっくりして腰を抜かした。
 弟の叫びに母が駆けつけた。
「何したんだア!!!」
 部屋に入ってきた母によしひで少年はニッコリ微笑んだ。
 その途端に母はよしひで少年を怒った。
「馬鹿だんねが 何だその格好はアァ」
 それ以来よしひで少年は東京っ子が嫌いになった。
 少年雑誌の表紙も嫌いになった。
 そして、気がついたらマンガに夢中になっていた。

 いつしか少年雑誌の内容はマンガが主流になっていった。
 よしひで少年は、当時の東映動画の劇場作品を観ると、
「この漫画映画は東京っ子の絵だ。東京っ子がモデルだ」
 そう思えてならなかった。
 どうしても自分と同じような子どもには見えないのだ。
 弟の横顔を見る。
「(山形県・中山町)長崎の顔はもっとカッコエエぞォ」
 ひとり確信するよしひで少年であった。
(文中イラスト/たかはしよしひで)

(文中の敬称を略させていただきました)

はじめちゃんの東京騒動記第11回  

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