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「井上くん、サンドイッチがきたよ」
村上が席から、漫画喫茶コボタンにあるコムのバックナンバーを見ている井上を呼んだ。
井上はSFクラブが紹介されたコムを手にして席に戻った。
「井上センセ!なかなか美味しいサンドだ」
と、たかはしが言った。
「たかはし先生、これを見てください。
 SFクラブが紹介されたコムです」
井上は向かい席に座っていたたかはしと村上に昨年(69年)の6月号のコムを差し出した。「んだっす(そうだったね)このコムに載ったんだ。
 そしたら井上センセから手紙が来た」たかはしは想い出したように井上の顔を見た。

「村上さん!このコムでたかはし先生と知り合い、オレの人生がマンガに向いていったんです」
「井上くん、このコムがマンガを好きな少年やマンガ家志望の青年たちにどれほど影響を与えてきたことか。
 ぼくだってこの雑誌に出会わなかったら、きみたち二人には会っていなかったかもしれないね。
 だって(ぼくは)酒田だろう、たかはしくんは中山町で井上くんは米沢だもの。
出会うわけがない」
「そうですよね、今日は夢にまで見た手塚治虫先生とも会え、こんなにたくさんのマンガ家の原画を手にして見ることができるなんて夢のようでした。
 今日を機会に決意も新たに『山形まんが展』を成功させなければと思っています」
井上は多少興奮していた。

まだ16歳の井上にとっては、わずか一年間のまんが同人会の体験でマンガの神様手塚治虫に会えたことや、村上、たかはしの山形マンガ同人会の先覚者と一緒にいること事態がとても信じられないことだった。


「村上センセ、オレは酒田ですき焼きをご馳走になったことが忘れられないッス。
 初めてでしたすき焼きを食べたのは……だから絶対「山形まんが展」は成功させなければなりません。
 成功したらまたすき焼きをご馳走してください!!」
と、たかはしも興奮気味に言った。
「ああ、いいとも。
 今度は米沢牛のすき焼きをご馳走するよ」
村上は笑いながら言ったたかはしも井上も大きな声で笑った。
ミニスカートのウエイトレスもマスターのような三十代の男性が三人を見た客たちも振り返って三人を見た。
外の雨はまだ降り続いていた。

新宿の漫画喫茶コボタンに長居した三人は、暗くなってから山手線で上野に行った夜行で山形に向かうにはまだ時間が早く、上野駅近くの食堂「じゅらく」に行き、遅い夕食をとった。
井上はここの公衆電話から米沢の自宅に電話をした電話に出たのは祖母のふみだった。


「あっ、ばあちゃん!?
 手塚先生に会ったよ!
 うんうん、そうそう、とてもやさしかった。梅酒も渡したからね。
 うん、喜んでいたよ。
 頭?ベレー帽で分からなかった。
 でも額が広かった。
 ハゲてはいないと思うよ。
 村上さんもたかはしさんもすごく親切にしてくれてるから心配ないから。
 予定どおり夜行で帰る。
 明日の朝、一番に着くから。
 うん、うん大丈夫だから。
 今?上野駅の近くで豚カツを食べるとこ。
 生水はクスリ臭いから飲めない。
 コーヒーを飲んでるから。
 おじいちゃんは元気?
 ジョン(愛犬)の散歩はたいへんだけどよろしくって言ってて。
 じゃあ、10円硬貨がなくなるから、バイバイ……」

夜遅い上野駅は奥羽本線の夜行に乗る人と雨の持った湿度の高い暑さに蒸せていた。

(2006年3月15日記)

(文中の敬称を略させていただきました)

はじめちゃんの東京騒動記第39回 

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