29劇画の世界

 

 雪の晴れた明るい朝の日だった。教室の窓には陽が射して、窓のツララが朝からしずくを垂らして溶けていた。

 それはまだ朝礼前だった。クラス委員長の佐藤修一が井上に声を掛けた。

「井上、巨人の星って知ってるだろう?お前はどう思う?」
 佐藤からマンガの質問をするとは意外だった。確かに彼は講談社コミックス「巨人の星」(原作梶原一騎・マンガ川崎のぼる)が発売されるたびに購入してはクラスのみんなに見せていた。

「劇画の世界がついに少年マンガにも入って来たかという感じで複雑ではあるよなあ」
 とついつい大人びた話し方で答えた。
「あのマンガだったら、オレは読めるんだ。なんていうか大げさではないし現実的だろう」
 と佐藤は言った。

「劇画はあまり好きではないけど、巨人の星や無用之介(さいとうたかを)は読み応えはあるよね。でも、修ちゃん、あれはマンガでなくても表現できる作品だよ。例えば小説とか映画とかでも十分じゃないかなあ。オレはあくまでもマンガが好きなんだ」
 と井上は続けて言った。

「実はな井上、オレこれ描いてみたんだ!」
 と佐藤は恐る恐るノートの一番最後のぺージを見せた。
 そこには巨人の星の主人公の星飛雄馬の顔がアップで1ページにドンと描いてあった。
 鉛筆で描いた飛雄馬の顔はよく特長をつかんであり、太い眉と大きい眼がすぐに飛雄馬であることがわかった。
「修ちゃん、上手いなあ。このタッチは難しいんだよ。よく描いたねえ」
 と井上は感心して佐藤に言った。

「井上にほめられるとは思ってみなかった。ほんとに上手かあ?」
「上手だよ。ほらこの顔の輪郭における眉、眼、鼻、口の位置は確かだ。難を言えば帽子と耳と首かな。ほら離して見てごらん。帽子が小さいだろう?被られた頭がへこんで見える。耳の位置と口の位置が……」
 井上は夢中になって、佐藤の星飛雄馬の似顔絵を批評した。佐藤はそれを熱心に訊いた。

「なにを一生懸命に話しているんだ?」
 と声を掛けたのは渡辺清だった。清はすぐに佐藤の描いたマンガに気が付いた。
「おお、修ちゃんが描いたのか?すごいなあ」
「違う、井上だよ」
「ウソついてはだめだ。井上だったらもう少し本物らしく描いている。修ちゃんだからこそ上手と言えるんだ」
 と渡辺が言った。
「それじゃ、オレは下手ってことか?」
「違うって。井上とはレベルが違うってこと。修ちゃんわかるだろう?修ちゃんは勉強は我々とレベルが違って天才修ちゃんなんだから」
 渡辺は器用に佐藤を諭し、ほめた。

「修ちゃんが描けるんだったら、オレも描いてみようかな?はじめ!オレにマンガの描き方を教えろよ」
 と渡辺が言った。すると修一も続いて言った。
「そうだ。オレにも教えろよ。帽子とか耳とか、その首のバランスとやらをなっ!」
「早速だ。今日の学校帰りにオレの家に来ないか?家で描こうよ。なっ?なっ?なっ?……」
 清は井上と佐藤に強く確認をした。

(文中の敬称を略させていただきました)

はじめちゃんの東京騒動記第29回  

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