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まんが展のコーナーの中で意外に人気だったのが立ち読みコーナーだった。
村上彰司が持参した300冊のマンガ単行本を会場にズラリ並べた。
それを自由に読むことができるのだ。
入場者は休憩を兼ねて好きなマンガを読んでいた。
 
懐かしい昭和20年、30年代のマンガ雑誌や単行本を展示した。
「月光仮面」、「ビリーパック」、「赤胴鈴之助」などは大人に人気があった。
懐かしい、懐かしいと声があがった。

一人の中学生の少年が急ぎ足で会場を出た。
受付に居た井上と少年の目が合った。
その瞬間、少年は白い学生ワイシャツの腹の辺りを押さえて階段を急いで下りた。
やられた!
と井上が叫んだ。
すぐにマンガの描き方のコーナーに走った。
ない、なくなっていた。
展示の本が一冊なくなっていた。
井上の血相に気付いて、鈴木和博がきた。
「やられた。
 ひばり書房の『劇画マンガの描き方』がなくなっている。
 きっとあの少年だ」
「追いかけよう!」

と、鈴木が言った。
「いや、もう間に合わないから止めよう」
井上は鈴木を止めた。
間に合ったとしても少年をとがめることはしたくなかった。
井上はとても残念だった。
山形まんが展に集まった少年少女は盗みなんてしない、きれいな心であってほしいと信じたかったからだ。
あの本は井上の本だったから、
ほしかったらプレゼントしていてもよかった……
そう思うとますます残念でしょうがなかった。


お昼を過ぎると天気が少し曇ってきた。
「はじめくん!」
受付に立って話をしていた井上に、後ろから聞き覚えのある声が井上の名前を親しそうに呼んだ。
井上が振り向くとその声は中学時代の同級生の中山美智江だった。
「きてくれたのか」
井上はボソッと言った。
「うん、学校に行ってたんだけど、予定より早く用事が終ったからきてみた」
美智江は自分の通う九里学園米沢女子高等学校でまんが展の広報を一気に引き受けてくれた。
そしてこれがきっかけになり、中山の一年後輩の安藤悦子というすごい同人が現れたのだった。
「詩をありがとうな。
 ほらこうして生徒手帳に入れてあるよ」
井上は美智江が今回のまんが展を応援すべく、米沢漫画研究会に宛てた詩を書いて井上に渡していたのだった。

『若者よ この青春を力いっぱい過ごすこと
それがあなたたちにあたえられた使命です。

大地に立つ

若者は立つ
この広い大地に立つ
心は赤々と燃える命の火をたき
目はしっかりと未来を見
人々の汗と涙の大地に立つ
はじめくん、漫画研究会に捧げる詩です。
それからまんが展は放送部に頼んでPRをしています。
当日は予定が入っていて、開催時間にはいけないかもしれません。
ごめん、ゆるせ!』
「はじめくん、恥ずかしいからこんなの他の人に見せるんじゃないぞ!」
「だって、漫画研究会に捧げる詩って書いてある」
「いいから、命令だぞ!!
 わかった?」
「…………」

よし、と言って美智江は会場に入った。


美智江はプロのマンガ家の作品よりも、井上らのマンガ同人の作品を見ていた。
井上が学校新聞に発表している四コママンガ「ああ学園」、短編マンガで四日市公害問題をテーマにした「灰色の青春」を熱心に見ていた。
「はじめくん、だいぶ腕を上げたじゃない。
 絵は本当に上手になったわ」
「うん、お笑止な(ありがとう)。
 でも、みんなにはペンタッチが雑だとか、書き込んでいないとか言われているんだ」
「なに?
 そのペンタッチが雑って?」
「ペンの使い方だよ。
 ほらこの灰色の青春のこのコマを見てご覧。
 こう丸い円の所ではカブラペンといって……」

井上が自分のマンガの技巧を説明した。
美智江はそれを説明されても何のことだかわからなかった。
しかし、井上が一生懸命に自分に説明している姿がとても微笑ましく、
「はじめくん!
 話ができるんだ」

と、言った。
エッと言って、井上は美智江の顔を振り返って見た。
「美智江ちゃんそれってどういうこと?」
井上は不信そうに美智江に訊いた。
「だってはじめくんは、いつも私がなにを訊いても、なにを話しても、ウンウンとうなずくだけだもの。
 マンガのことだとこんなに話せるんだと感心したの」

美智江はウフフ……と笑って、自分が井上に紹介した安藤悦子のイラストに場所を移っていった。
「この娘(こ)は本当に絵は上手いわね。
 高校一年生だなんてウソのようだわ」

美智江は両腕を組んでそう言った。
「初めてこの絵を見たときにはビックリしたよ。
 このまんが展を盛り上げてくれた作品だね。
 美智江ちゃん、ありがとう」

美智江はパネルに添ってゆっくりと移動していった。
美智江は展示作品のひとつをジッと見た。
そして、
「なによこれは〜!?
 はじめくん、ちょっと来なさい!!!」

会場中に聞えそうな大声で美智江は井上を呼んだ。
「少し離れていただけなのに、そんなに大きな声で呼ぶなよ」
井上は迷惑そうに言った。
「これ私の詩じゃないの〜。
 この字ははじめくんのでしょ!?」
漫画研究会に捧げる詩
BY 中山美智江
若者よ この青春を力いっぱい過ごすこと
それがあなたたちにあたえられた使命です。

大地に立つ

若者は立つ
この広い大地に立つ
心は赤々と燃える命の火をたき
目はしっかりと未来を見
人々の汗と涙の大地に立つ

「いい詩だ。
 今のオレたちにピッタリの詩だ」

井上が言った。
「私ははじめくんたちに書いた詩なのよ。
 こうして展示するなんて聞いていないわ」
「迷惑を掛けた?」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「美智江ちゃんの詩は立派な作品だ。
 この詩は、オレたちのこのまんが展を開くまでの苦労を描いてくれている。
 記念すべき詩だ。
 だからオレは自分の字で書いてここに展示した!」

 井上の情熱的な言葉に押されたように美智江は黙ってうなずいた。

「はじめくん、生意気になったね」
そう言って美智江は微笑んだ。

(2006年 7月29日 土曜 記
 2006年 3月23日 木曜 記
 2006年 8月12日 土曜 記)



(文中の敬称を略させていただきました)
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