- 単行本は約300冊だった。
村上彰司が、はるばる酒田から軽自動車で運んできたものだ。
米沢市民文化会館前にその村上の愛車ホンダN360が駐車してあった。
この小さなクルマの中に大きなダンボール箱が五個積まれてあった。
たかはしらはそれをリレーのように降ろした。
重いダンボール箱を会場に運んで居ると、後ろから数十名の中学生集団が階段を走るように上がってきた。
「まだ、入れねえが?」
一人の中学生が受付の戸津恵子に訊いた。
「もう、少しよ。
待っててね」
と、戸津がやさしく応えた。
しかし、受付から階段まで数メートルしかない状態なので、多くの中学生は階段に立って待つことになった。
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- 「きみたちはどこの中学校なの?」
戸津がなまりのないきれいな言葉で訊いた。
「ぼくたちは第三中学校だあ」
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- ダンボール箱に入った単行本を運ぶ近藤重雄の足が止まった。
「三中の生徒が来てくれた」
- 近藤は段ボール箱を持ちながら中学生に質問をした。
「なんで、このまんが展を知ったなよ?」
「学校さ貼ってあったポスター見だんだ」
と、中学生が答えた。
貼ってくれたんだ……
近藤の顔が笑顔になった。
各中学校にまんが展のポスター掲示を依頼に行くと、マンガをバカにしたように相手にしてくれなかった教師が一人だけいた。
それが第三中学校の教師だった。
名前もわからない無愛想な教師だったが、近藤のお願いをきいてくれたことがとてもうれしかった。
- 「もう少し待ってでな!
すぐに始まっからな」
近藤は大きな声で中学生たちに言った。
- 「それではこれより第二回山形まんが展の開会式を行います。
エヘン、それでは今回の主催者を代表して山形漫画予備軍会長の村上彰司さんからご挨拶をお願いします」
少し大人ぶって気取った鈴木和博の司会で開会式が始まった。
村上は額の汗をハンカチで拭きながら、一歩前に出た。
みんなは緊張した表情で村上の顔を見た。
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「みなさん、ご苦労様です。
酒田の村上です。
今日はぼくだけ社会人かな(笑)」
すると、たかはしよしひでとかんのまさひこが
「オラだは(僕らは)半分だけ社会人です」
と、声をはさんだ。
小さな笑いが起きて、これを機会にみんなの表情と雰囲気が少し柔らかくなった。
「よくここまで準備をしてくれました。
米沢漫画研究会のみなさん、米沢中央高校生徒会と美術部のみなさんに感謝します。
ありがとう!!」
そう言って村上は自ら拍手をした。
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パチパチ……パチパチ
パチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチ
と拍手の数が多くなっていった。
その拍手の音が展示会場の外まで聞えてきた。
受付の戸津がそれを微笑みながら聞いていた。
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- 午前10時を少し過ぎて開場した。
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待ちかねた中学生がなだれ込むように会場に入ってきた。
近藤は井上に、この中学生は第一中と第三中の生徒であることを伝えた。
第一中の生徒の多くは美術部に所属していた。
そう、美術部顧問の今泉先生がまんが展を見て研究することを推薦してくれたのだ。
当人の今泉先生も生徒より遅れてやってきた。
■生徒も教師も熱心に原画を一枚一枚見ていた。
- 午前中には圧倒的に中学生の鑑賞が多かった。
ポスター掲示の効果が間違いなくあった。
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11時近くになると米沢漫画研究会の会長で米沢中央高校美術部顧問の土肥昭がきた。
「ご苦労様、ご苦労様、
おっ、はずめ(はじめ)!
わいなあ(悪いな)おそぐなって遅ぐなってなあ」
土肥は村上やたかはしに敬意を表してから、会場の原画を丁寧に見て歩いた。
山形市から米沢中央高校に勤務している教師で会員の長南幸男もやってきた。
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会場はすでに満員になって行った。
展示パネルの間を人と人がぶつかり合いながら交差していた。
- (2006年 7月29日 土曜 記)
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