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第五中学校にもポスター掲示の依頼を終え、井上はじめと生徒会副会長の近藤重雄が帰り道を急いだ。
夕方ではあったが空は雨雲で真っ暗になってきていた。
雨が降らないうちに帰らなければと必死で自転車を走らせた。
二人は蒸し暑さに全身汗びっしょりだった。

日の出町、信濃町をとおり、大町にさしかかった時、雨がドーッと降ってきた。
その瞬間に二人は頭からバケツの水を浴びたようにずぶ濡れになった。
二人はすぐに自転車を下りて、民家の屋根の下に雨宿りをした。

「いや〜、ついに降ってきたな」
と、近藤は言いながらハンカチで頭と顔を拭いた。
井上は近藤を見ながら謝った。
「近藤先輩、全身びしょ濡れになってしまい、すいません」
「いや〜気にすんな。
 予定のポスターを全部配った後だったから、よかったな」

近藤は井上にいらぬ負担が掛からないように言ってくれた。
まもなくピカッと大光をして雷の大きな音が地面にも響いた。
「先輩、オレは雷が大嫌いで、おっかないから大嫌いだあ」
と、井上が言うと、近藤は間を空けないで井上に訊いた。
「井上、お前、好きな女(ひと)はいないのか?」
「先輩、何を言うんですか、いないよ」
「そうだろうなあ、いたら手塚治虫に会いに行く時に、オレとか小山絹代が見送りに行くくらいだもの、好きな女(ひと)なんていないよな!」
「…………」

大きな雨の音で井上の声が時々かき消された。

「先輩は好きな女(ひと)は、いんな?(いるの)」
「いる。
 今度付き合ってくれって言おうと思っている」
「すげえ〜なあ先輩は。
 オレなんてそれが言えないからどうしようもない」
「なんだ、井上も好きな女(ひと)が、いんなが!(いるのか)」
「同じ学校でないから、いないと同じで……」
「うちの高校にはいないのか?
 例えば話してもいいとか、コーヒーを飲むとか」
「…………」
「バカだなあ〜顔を真っ赤にして、照れてんのが!?
 ハハハハッ」

井上はこの時に、近藤の人間らしさを感じた。
そしてやさしさがうれしかった。
近藤は自らポスターの依頼担当を申し出てくれた。
そして、生徒会副会長という立場で各中学校にまんが展の意義を説いて歩いてくれたこと、
第三中学校の対応が悪かった教師の時も一緒に腹を立ててくれたこと、
最後は一緒に大雨に濡れながらも、恩着せがましいことをひとつも言わない近藤の態度に、
井上は後輩思いと先輩としての真摯な態度を感じるのだった。

雷の音が小さくなってゴロゴロが遠くなっていった。そして雨が上がた。

「井上、いまのうちに帰ろう」
近藤は自転車を跨ぎ、道路に出た。
井上はそれを追うようにして自転車に乗った。
突然後ろから来た自動車が二人に泥を掛けた。 

「井上!大丈夫かあ〜。
 雨の後に泥に汚れるなんて、今日は本当についていねえな。
 アハハハッ……」

近藤は自転車のペダルを踏みながら井上に言った。 

「この先輩は尊敬できる人だ」
井上はニコッと微笑んで、心の中でそう言った。

(2006年6月8日 木曜 記)



(文中の敬称を略させていただきました)
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