- まんが展のポスター依頼は続いた。
- 生徒会のメンバーは主に商店街や学校の取引先を回ってくれた。
井上たち漫画研究会のメンバーは、今度は高校の美術部に依頼に歩いた。
しかし、九里学園米沢女子高等学校には、井上の親友の中山美智江がいたので、井上が対応することにした。
- 井上は女子高の正門を入り正面玄関に入った。
いつもならこの玄関は木で出来た大きな引き戸なので開けるのにも力が入るが、七月の暑い日はどの戸や窓も開けっぱなしであった。
放課後の慌しさはどこの学校でも同じ光景だった。
行き来する女子生徒たちの白いブラウスと紺のスカートは、井上には眩しく映った。
「あの……スイマセン!?」
井上は正面玄関を行き来する女生徒に声を掛けた。
「ハイ!」
女生徒が立ち止まり、井上に向かってきた。
他の女生徒たちは急ぎ足で往来するが、目だけは井上に注がれていた。
「二年生で生徒会の……」
と、モジモジして面会を申し込むと、
「美智江さんですね」
と女生徒ははっきりした声で井上に確認するのだった。
モジモジする井上に業を煮やしたような素振りをして女生徒はその場を去った。
- 井上は玄関から一歩外に出た。
そして交差点の風景を眺めていた。
十分は待っただろうか、美智江が現れた。
「どうしたの?はじめくん」
おお、美智江が髪を伸ばしている。
いつもなら髪をふたつに分けてとめているのに、ちょっと会わないうちに大人っぽくなっていた。
- 「……ポスター貼ってほしいんだ」
「今度は何のポスターよ」
井上は美智江にポスターを渡した。
美智江は丸まったポスターを拡げた。
「まんが展だぁ…
はじめくんたちがするの」
「うん」
・・・どうしたんだろう、
変だぞ、
今日の美智江は少しやさしいぞ、
女らしいぞと、井上は思った。
いつもの美智江は井上を子分か弟のように扱っていたから、そのやさしい言葉は意外だった。
「手塚治虫先生や石森章太郎先生の原画を借りてきたんだ。
オレのマンガも一緒に展示するんだ」
美智江の顔を上目使いに見ながら、井上は今までになく自慢げに言った。
美智江はポスターと井上の顔を交互に見比べながら、
「はじめくん、すごいじゃないかあ〜。
手塚治虫センセイははじめくんのあこがれの人でしょ!?
よかったなね〜、ホンモノと会ってきたの?」
と目を丸くして大きな声で言った。
周囲の生徒たちが振り向いたり、立ち止まったりしながら二人の様子を見ていた。
井上は恥ずかしくなって、顔を下げた。
いくらなんでもホンモノはないだろう、本人だろうに……
と、井上は心の中で言った。
- 「どうしたの、手塚治虫と会ったのかって訊いているんじゃない!」
「会ったよ、つい先ごろ、東京に行って会ってきた」
井上は迷惑そうに答えた。
「すごいじゃない、やったね〜。
私はいつかはじめくんは夢を実現するんじゃないかと思っていた」
「そうか」
と、いかにも無愛想に答えた。
「何よ!
うれしくないの。
その迷惑そうな顔は何よ」
美智江の大きな声で井上は恥ずかしくってどうしようもない。
もう少し小さな声で話してくれたらいいのに、みんな見て行く。
「とにかく、このポスターを学校の中に貼ってほしいんだ。
お願いだ」
「わかった。
貼っとくから」
「それからもうひとつお願いなんだけど、美智江ちゃんに前からお願いしている作品を書いてほしい。
それをこのまんが展に展示したいから」
美智江はしばらく考えてから井上に質問をした。
「私の作品って何だっけ?
私はマンガは描けないよ」
「詩でいいんだ。
美智江ちゃんはいつも詩を書いているだろう。
それにオレがイラストを描くんだ。
ほら、以前にも漫画研究会を作った時にお願いしたべした(だろう)」
「ああ、そうだったね。
わかった考えてみるから」
やっぱり美智江は女らしくなっている。
こんなに大人しくオレの言うことを聞いてくれるなんておかしいなあ……
と、井上は美智江を見ながら思った。
「なんだか淋しいなあ、あの中学校の時のおてんばな美智江はどこにいったのだろう」
と、井上は一人取り残されたような気分になっていた。
- (2006年6月13日 火曜 記)
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