「井上クン?
ボクの作った『ある街角の物語』って知っていますか?」
手塚治虫が井上はじめに話しかけた。
「ハイ!
作品は観ていませんが、虫プロダクションの第一作ですよね!?」
井上は答えた。
井上の答えを待つかのように、たかはしよしひでは、
「手塚先生の得意な『実験アニメ』という作品ですね?」
と、手塚に向かって言った。
手塚は蔓延の笑みを浮べて、
「そうです!!
よく、知っていますねえ〜」
と、喜んだ。
「近頃の虫プロスタッフさえ、そのことを知らない者がいるんですよ」
と、続けて言った。
「あの絵柄にはビックリしました。
東映動画やディズニーの絵になれていることもあり、斬新なデザインと色彩に未来のセンスを感じました!!」
たかはしは熱く語った。
一緒のメンバーたちも頷いた。
みんながたかはしと同じ意見だった。
手塚は目を細めて、たかはしたちの顔を一人ひとり見た。
うれしかった。
手塚にも胸に熱いものが湧き上がってきた。
「ボクが作りたいのは芸術性や実験性が高いアニメを作りたいんですよ。
だけどアニメはとてもお金がかかります。
マンガ家仲間では、手塚はケチだとか、付き合いが悪いとか言う人が多いんですけど(笑)、それもこれもマンガ映画を作りたかったからなんです。
だからマンガをどんどん描いてお金をためたんですよ」
手塚もだんだん熱く語るようになってきた。
「『ある街角の物語』のようにテーマがしっかりしていて、しかも、アニメーションの中で絵と映像の組み合わせの中から、表現の可能性と限界を超えることに挑みたいんです」
「………」
みんなは手塚治虫の熱い語らいを無言で聞いた。
「今年もやなせたかしさんの『やさしいライオン』という絵本風ミュージカルアニメを作ったんですよ。
やなせさんには『千夜一夜物語』でキャラクターデザインでお世話になりました。
御礼といってはなんですが、彼の絵本の名作のアニメ化をお話したらトントン拍子に進んでいくのです。
でもね……いまの虫プロの中では、実験アニメを制作することがなかなか難しいんですよ」
手塚は淋しそうに笑った。
「どういうことですか?」
鈴木が訊いた。
「東映映画と同じ『アニメーション会社』になってしまったのです」
手塚は答えた。
「ふ〜ん……?」
手塚先生会社なのに、どうして自分の自由にならないんだろうか?
鈴木は不思議に思った。
手塚の考える「芸術性や実験性が高いアニメ」が、なかなか理解されず、手塚の企画も社内では通り難い状態だった。
その結果、実験アニメを試みたいスタッフたち、特に虫プロでは創立から一緒に作品を作ってきた者がどんどん去っていた。
虫プロの中で、理解する者が少なくなるたびに、虫プロへの情熱が冷めてくる手塚治虫だった。
虫プロをなんとかしなければ!
急がなければ、熱い者たちを集めなければ!!
その思いもまだまだ残ってしるのも事実だった。
(2008年 3月16日 日曜 記)
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- ご本人や関係者の名誉のためにも、手塚治虫先生の心理や考えは作者の想像の範囲であることをお断りしておきます。
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