66回 プライド



「ボクはアニメだけじゃなく、マンガの世界にもどんどん実験を試みようと考えています」
 そう手塚は言って、アイスコーヒーの入ったコップを机に置いた。
カランカランと解けかけの氷がコップとぶつかって音を出した。
「おお、そうだ!
大村さん。
みなさんに飲み物のお代わりを差し上げてください!」

 ボーッとしている大村に向かって、手塚は指示をした。
 細かいところにも気を遣う方だと井上は感心した。
 手塚は話を進めた。
「永井豪さんの『ハレンチ学園』はギャグマンガ界の世界を変えたなんて云われていますよね!?
でも、それはホントかなあ?って考えるんですよ」

 みんなは黙って手塚のおとなしい表情を見つめた。
「あのね、人間っていうのは暴力や性に関しては本能的で、とても細心の注意をはらうじゃないですか!?
 つまり、表現する側も、それを見る側もです……」

 手塚はやや早口になってきた。
「見る側も暴力的な場面では目を覆うとか、性的な場面では見ていいのか迷っちゃったりしながら、恥ずかしい想いをしながらみていますよネ!!
 それは羞恥心と云って、人間の本能的なものを道徳観でセーブしようとする良心的なものなんですね。
 だから表現する側も暗黙のうちにそれを守ってきたんです。
特に児童マンガというジャンルではね」

 むずかしい話になってきた。
 小学生の多田ヒロシや、誰も知らない少女は少し退屈になっていた。
「永井さんの描く性描写やハレンチな場面は、ボクたちが守ってきた良心的なものを取っ払ってしまったんです。
 だから彼らのような描くマンガは、マンガと呼ぶのに相応しいのかと思いますねえ……」
「だったら手塚先生ならどう描くんでしょうか?」

 と、たかはしよしひでが質問した。
「そうですね、その回答とはいい難いんですが、先ほど井上クンが言った『ボンバ!』なんかや『アポロの歌』、『やけっぱちのマリア』は少年たちの性について描いているつもりです。
 ジョージ秋山さんの『アシュラ』なんかもボクはマンガなのかなあ?
少年マンガではないなあ?って思うんです。
 あれは貸し本屋向けの『劇画』の世界です。
 いのちの尊さを描くならば、ボクの『ジャングル大帝』の最終回を見てください。
 レオがヒゲ親父に自分のいのちを捧げる場面です。
みなさん、知っていますよね!?
『ハレンチ学園』も『アシュラ』も貸し本屋マンガの再現です!!」

 手塚はハッキリとそう言った。
 それは自分の手塚マンガとは一緒にしてもらいたくない、迷惑だ、と言っているようだった。



(2008年 3月26日 水曜 記)




(文中の敬称を略させていただきました)
熱い夏の日第66回

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