52回 『W3(ワンダースリー)』



「手塚先生は昨年の暮れあたりから『別冊少年マガジン』に描かれていますね。
手塚先生は『W3(ワンダースリー)』以来の講談社登場ですが、どうして講談社に描かないのですか?」

 井上が質問した。
「あの『W3(ワンダースリー)』は『週刊少年マガジン』で連載しながら、二ヶ月もしないうちにライバル誌の『少年サンデー』(小学館)に連載が移ることになったのはなぜですか?」
 と、たかはしも続けて質問をした。
 
 手塚治虫は右手を開いてベレー帽の天辺を覆うようにして頭をこすった。
 
 なかなか鋭い質問じゃないか。
 こんな質問は早々出ないものだ。しかも、(出版社との関係も)よく見ている。
 手塚は心の中でこう思いながら、ニコニコしながら答えようとした。
 その瞬間に、
「キミたち!その件はスポンサーの関係もあり話せないんだ!」
 と、大村が口出しをしてきた。
「エッ!スポンサーってなんだべ?」
 たかはしが聞き直した。
「ロッテと森永の関係です」
「それはなんだべ?」

 たかはしがまた聞き直した。
「ロッテって?ガムのロッテですか?
森永って森永製菓ですか?」

 井上が直感で訊いた。
 
 手塚は大村を見ながら、
「大村氏はせっかちだネ。
話せないって言っておきながら、肝心なことを話しているじゃあないか」

 大村はスポーツ刈りの頭を片手でかきながら、参った参ったと言って話をやめた。
 
「手塚先生!ロッテは『W3』で、森永製菓といえば『宇宙少年ソラン』ですか?」
 井上が言うと、手塚は一瞬ドキッとした。
 だが手塚はすぐにニコニコしながら言った。
「たかはしクン、もう五年も前のことだから話をするけどね。
実はねえ。
 ボクは小学館ばかりに描いていると思われがちだけど、けっしてそうじゃない。
講談社も『少女クラブ』なんかにも描いていた。
 だけど少年週刊誌時代に突入すると講談社の『少年マガジン』と小学館の『少年サンデー』とどうしてもライバル関係にならざる得ないから、作家側もどうしても二派になってしまうんです」
「創刊以来、手塚のマンガを載せたいという少年マガジンと、サンデーからそろそろマガジンでも描いてみたいと思っていたボクの両者の思いが一致して、いよいよ企画に入ったのです」
「それが『W3』だったのですね」

 と、たかはしが言った。
「いやいや、その前から007のようなスパイ合戦が始まったんですヨ」
 手塚は猫背をさらに猫背にしてたかはしらに顔を突き出して言った。
「……」
 鈴木も宮崎も目を丸くして手塚の顔を見た。

「私のある宇宙を舞台にしたマンガをマンガジン用に再開しようと考え、同時にテレビ化も考えていたんです。
ところがボクのマンガの設定とよく似たマンガがテレビ化されることになり、そのマンガは『少年キング』に連載されることになったのです。
 まあまあ、それはそれでしょうがないと思って、ボクは別の企画を立てたのが『W3』だったのです。
 マンガと同時進行で虫プロがアニメーション化しようという初の試みです。
まあ、ボクとしては少年マガジンに敬意を表しての新企画だったわけですヨ!」

 ああ、そんなことまで話さなくてもいいのになあ、どうせ、理解はできないんだから……と、大村は手塚治虫を横目でにらむのだった。



(2007年12月 9日 日曜 記)



※資料(掲載イラスト):
 『W3(ワンダースリー)』 講談社・コミックスPKC-1 1997年8月22日発行より

(文中の敬称を略させていただきました)
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