53回 スパイ合戦



 手塚治虫は石井氏が言っていた、
「彼らがただのマンガファンではなく企画やスタッフとしての才能をもっている」
 と、にらんでいたのがわかる気がした。
 それならもっと突っ込んで説明してもいいと判断した。

「鉄腕アトムの大ヒットで各テレビ局や広告代理店がどんどんテレビアニメを放送するようになりましたよね。
急なテレビアニメの過剰競争の中で、竹の子のように急増した制作プロダクションでは、スタッフは絶対数が足りないわけです。
当然のように各プロダクションではスタッフの引き抜きや転職が当り前になってくる。
その標的はボクたちの虫プロだったり、東映動画だったりしていたんです。
虫プロには脚本家がいるんです。
手塚の原作だけでは、もうテレビは間に合わないので、ボクが原案を作るとそれをもとに専門の脚本家がテレビアニメ用にセリフや一人ひとりの動きや表情を書き込んでいくんです」

 手塚治虫が坦々と話していった。
 たかはしよしひでは手塚に訊いた。
「それじゃあ、映画と同じなんですね?」
「演じているのは一人の俳優ではなく、多くのアニメーターが一人のアトムを描くわけなので、アニメーションは映画以上にむずかしいんです。
だから脚本と絵コンテはとても重要です」

 井上はとても興味深く話しに引き込まれていった。
「ボクなんかアトムでもそうなんだけど、新しいアイデアが浮かぶとすぐに企画会議あたりで話してしまうんです。
すると脚本家あたりはそれをヒントにして自分なりの物語を考える人もでてくるわけです」

 ここまで話すと手塚は急に黙りこんでアイスコーヒーを手に取りストローを口に運んだ。
 一口飲むと、眉間にしわを寄せた。
 そして、
「脚本家にもいろんな人がいるんで、引き抜きにあったり、ペンネームを変えて二ヵ所三ヵ所のプロダクションを掛け持ちするなんて人もでてきたんです。
そしてボクのアイデアなんかを平気で盗作する人もでてきます」
「そんなの問題だ!!
訴えればいいでしょう!!!」

 持ち前の正義感からたかはしは声を大きくして言った。
「そうですが、証拠はないでしょ?
アイデアはそれぞれの頭の中にあるんだから相手が悪いんです」
「W3のアイデアが宇宙少年ソランだったんですか?」

 井上が訊いた。
「そうなんです。
当初、W3のウサギはリスの予定だったんです。
ところがソランにリスが登場すると伝わってきたんで、急きょ、ウサギにしてみたんですが、W3もソランもマンガとテレビ放送が同時進行で進行することになって、それも連載が少年マガジンということで、虫プロの役員会ではとんでもないって大問題になっていきました。」
「それがスパイだということですね?」

 と、たかはしが言った。
「脚本家や何人かのスタッフがこのことで疑われて虫プロを退職したんです。
マンガの原作が先にあったなら考えられない事件です」

 淋しそうに手塚が言った。



(2007年12月19日 水曜 記
 2007年12月20日 木曜 記
 2007年12月21日 金曜 記)



お詫び
前回52話で「明治製菓」と書いてあった部分は「ロッテ」の間違いです。
訂正してお詫びを申し上げます。

(文中の敬称を略させていただきました)
暑い夏の日第53回

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