19東映動画にて(3)

1 交渉成立 

 井上はたかはしたちのやり取りに突然口を挟んだ。
「とろこで、マンガ展には原画を貸していただけるでしょうか?」
 小林は慌てながら笑って応えた。
「ハッハッハ…そうだった。ごめんごめん、君たちの用件をすっかり忘れてしまっていた。吉田クンが了解しているのなら構わないが手続の話ばかりで恐縮だがね。先ほど佐藤クンが言いたかったのは、会社組織はそれぞれの役割と任務があるから、君たち件は佐藤に確認して改めて連絡をするよ」
 小林はだんだん話しながら大人の顔に戻っていた。
「そうすると今日はお借りできないのですね」
 井上は悲しそうな顔をしながら言った。
「山形から来てもらって申し訳ないがそういうことだ」
 諭すように小林は答えた。
 この時しばらく会話が途切れた。
 その時間はとても長く感じた。
 夕暮れにはまだ早いが天気のせいと事務所の日当たりが悪いせいも手伝って、いつの間にか事務室が暗くなっていた。

 もう一人の社員が慌てて照明のスイッチを入れた。
 パッと事務所が明るくなった。
「どうした君たち元気出せよ。貸せないと言っているわけじゃないんだ。吉田は君たちの依頼に対して了解の返事を出した。だが、上京する日時をお互いに確認していないために、今日は吉田が出張で不在ということだろう」
 小林は経過を整理して井上に向かって説明をした。
 井上はその説明に素直に頷いた。
「君たち。原画は送ってあげるよ。この紙に住所を書いてくれ。あそうそう、さっき話しに出ていた『ホルスの大冒険』などの映画版の原画は申し訳ないけど貸し出しは出来ないんだ。だからテレビ版の原画だけど、それは了解してくれよな」
 社員の佐藤が間を取り持つようにニコニコ顔で話しに入ってきた。
「それで十分です。アニメーションの原画を観たこともない人ばっかりですから…。オイ、井上センセイ。センセイの住所を書いだほうがいいっだなあ」
 たかはしが返事をした。
 井上は差し出された紙に住所、氏名、電話番号を書いた。
 この間社員の小林は村上に
「せっかくだから見学していかないかい?」
 誘った。
 すると村上は、なぜかそれを断ったのだ。
(え〜?、ああ…もったいない!)
 井上は心で叫んでいた。

2 その理由 



 東映動画文芸部企画課の3人は山形から来た少年たちに、だんだんに親しみを込めて接して来るのだった。見学を勧める社員の小林の誘いを断った村上は、
「それではよろしくお願いいたします」
 丁寧に頭を下げて挨拶をした。
 そして、井上たちに目で帰る合図をした。
 たかはしも椅子から立ち上がりふかぶかと頭を下げた。
 井上はCOM編集室から借りてきたマンガ原稿を入れた手下げ袋を持ち、同時に椅子から立とうとした。
 そしてふらついて椅子に尻餅をついた。
「大丈夫だが?」
 たかはしが声を掛けた。
「大丈夫。何しろ200万円だから」
 井上が言った。
「200万円?…なんだいそれは??」
 社員の佐藤が聞いた。
「手塚先生とか石森先生たちのマンガ原画の原稿料です」
 たかはしが答えた。
「ええっ、これはどうしたの?」
 佐藤がびっくりして聞き返してきた。
 井上が
「虫プロ商事から借りてきました」
 そう答えると、
「君たち気をつけろよ。万が一の事があったら大変だぞお」
 もう一人の社員が心配顔で井上に言った。
「ところでいくらだった。使用料金は?」
 佐藤が村上に聞いた。
「無料です」
 村上が答えると佐藤は
「ええっ」
 言って絶句した。
 小林は目を丸くしてポツリとこう言った。
「なんだ、同じだね。東映動画もタダだから手塚先生もウチの真似をしたのかなあ。ハハハハッ」
 無理をして笑ってみせた。
「ありがとうございます」
 スキを空けずにたかはしは礼を述べた。

 曇り雲なのか、夕方が近くなってきたからなのか、やはり外は明るくなかった。
 東映動画を出た村上、たかはし、井上の3人は大泉学園駅から池袋に向かって電車に乗った。
 電車の中は帰宅の小中学生や主婦で混み出していた。
 井上は電車の中でもしっかりとマンガ原画の入った紙袋を抱きしめていた。

 たかはしは東映動画の制作現場を見学できなかった事を、とても残念でならなかった。
(ひょっとすると大塚や宮崎、高畑のアニメーターにも会えたかもしれない)
 そんな想いが繰り返し頭の中を廻っていた。
(見学を誘ってくれた時にどうして村上さんは断ったのだろうか・・・?)
 井上も不思議でたまらなかった。
 二人共、原画を借りる事が出来なかった事よりも、なぜ村上が見学を断ったのか、その理由を考えていた。

 3人は黙って走る電車の窓から外の風景を眺めていた。
 気が付くと電車の中が混み合い、立っている乗客でいっぱいになった。
 村上は石井編集長からのCOM編集室への誘いの事が浮かんでは消えの繰り返しだった。
(ああ…どうしてこんなに悩むのだろう。ボクは今の仕事を辞めてもCOMを仕事にしたいのか?でも、ボクはマンガが好きでマンガを描きたかったはずだ。マンガ家なって考えた事もない。当然、編集とは考えもつかなかった。それなのになぜ悩むのだ。どうした村上彰司っ!?)
 村上は一人葛藤していた。
「井上クン?マンガ家になりたいかい?」
 突然、村上は井上に尋ねた。
「ううん。思ったこともない。でも友だちはマンガ家になるんだろうって言っている」
 答えた。
 村上は次にたかはしに同じ質問をした。
「なれるわけないッタナア」
 あっさり言った。
「じゃあ、編集者はどうだい。例えばCOMのような雑誌の編集者だけど」
 村上は続けて聞いた。
「むずかしいなあ。ある意味ではマンガ家より頭がよくって、過酷かもしれない」
 井上は車内につるされた広告を見ながらポツリと言った。
「そうやなあ」
 村上がポツリと言った。
 そして思った。
(この二人は意外に冷めている。今日の朝からのたくさんの出会いがあり、いろいろな刺激をうけているハズなのにどうしてこんなに冷静なのだろう。まだ、子どもなのか、それともプロの世界では自分たち力はかなわないと思っているのか…それともボクが考え過ぎるのか、だ)
「たかはしクンは東映動画の制作現場見たかったかい?」
 村上はやさしく聞いた。
「そりゃあ。見たかったス。でも時間もなかったし、目的は原画を借りる事だからネ」
 答えた。
 村上は自分だけの気持ちが高揚しているのではないかと思った。
(自分が尖兵になって、たかはしクンや井上クンが後に続くためには失敗は許されない。彼らに東映動画の現場を見せたら、すぐにでもアニメーターやマンガ家を目指すのではないかと瞬間的に思ったが、どうもボクの考え過ぎのようだ)
 村上が見学を断ったのはこんな理由からだった。

(文中の敬称を略させていただきました)

はじめちゃんの東京騒動記第19回  

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