- はじめ、模写を始める
- 自宅に着くと直ぐに2階の部屋に入った。
- 今買ってきた朝日ソノラマコミックスの石森章太郎の単行本を取り出して、絵を追っていった。
- 石森の絵は手塚治虫先生と違い、丸緯線も荒く、不器用さが魅力的だった。
- 目や手の描き方も簡単で、井上にも充分模写できると自信が湧いてくるのだった。
- 丹野に付合ってもらい揃えたマンガを描く道具を取り出した。
- 手がかじかんで、道具箱に使おうと用意していたお菓子のブリキの箱が開けられなかった。
- 体全身が急にガタガタするのだった。
- 井上の二階の部屋にはストーブは無く、丸い火鉢に炭を熾して部屋を暖めていた。
- 部屋はそれで十分に暖まっていた。
- しかし、今日は寒さがなかなかとれない。頭も少し痛くなってきた。
模造紙に石森マンガを模写をした。
「おお…オレでも描けるぞ」
井上は下書きの段階でも充分な手応えを感じた。
- 井上は石森が描く少年や少女とそっくりに描くことができた。
次はペンを入れる番だ。
- 石森は自分の著書「続マンガ家入門」で主線はカブラペンを使用していると書いていた。
- 井上も真似てカブラペンで主線を引いた。
- 製図用インクが油濃く感じられた。
- 他にもスクールペンや丸ペンを使った。
- 枠の線も描いてみようと思い、父が使っていた製図用のカラスグチを使ってみた。
- 15センチの定規にカラスグチを充てて線を引くが、これが上手くいかない。
- 定規にインクがくっ付きそれが紙にちらけるのだった。
- 少しも体が温まらないが、寒気も忘れて何枚も石森マンガの模写を繰り返しをしていた。
- 吐く息が白く、模造紙に覆い被さる。
夜中に39度の熱をだした。
- マンガを描くことに夢中になり、風邪をひいたことすら気づかなかった。
- 夢を見ていた。
- 熱にうなされていても手塚治虫や石森章太郎のマンガが夢の中に登場してきた。
- 翌朝になっても熱は下がらなかった。
- 学校を休み、「ヴポラップ」という塗り薬を胸に塗って寝ていた。
- 午後から少しずつ熱が下がってきた。
- 寝床に置いた石森章太郎と永島慎二の単行本と初めて買った「COM」をパラパラとめくってみた。
新しいマンガの世界との出会いであった。
- 読み手から書き手への新しいマンガの世界への出会いだった。
■
- 石森漫画の模写
- 井上は学校に石森マンガの模写を持って行った。
- 昼休みになると模写を取り出して、丹野文雄にそれを見せた。
「よく描いたなあ。マンガ本と同じだ」
- 大きな声で井上を褒めた。
- その声を聞いた藤倉源一が傍によってきた。
「なんだって?おおっ井上のマンガかあ」
- 神経質そうな顔をして、藤倉はふたりの間に入ってきた。
藤倉もマンガが大好きだった。
- 白土三平から手塚治虫までほとんどのマンガを読んでいた。
- 知識は豊富でいろんなことを教えてくれるが、けっして気取らない性格が井上は好きだった。
- 藤倉は
「ペンの使い方が荒いなあ。これは石森の初期の頃かい」
- と、まじめに問う。
「さすが藤倉だなあ」
- 丹野が大きな声を出す。
- 周りがそれに気付いて集まってきた。
「わ〜すごいわ。マンガよ。井上クン描いたの?」
- 中山美智江が目を丸くして言った。
- 佐藤修一や渡辺清も身を乗り出してきた。
「これ何で描いたの」
- 美智江が井上に質問をした。
「製図用インクとペンで描くんだ」
- 藤倉が答えた。
「印刷したの?」
- 高橋由紀枝が訊いた。
「これは原画という。つまり原稿だなあ。ああ…こすってダメだ。汚すなよ」
- 藤倉が言う。
「なんで藤倉クンが答えるのよ。変だわ」
- 由紀枝が言った。
井上は中学になって初めて注目を浴びた。
- びっくりした。
- そして恥ずかしかった。
学校が終わって井上は丹野、そして藤倉と一緒に下校した。
- 雪は第4中学校沿いの国道13号線を狭くしていた。
- 午後から晴れたこともあり、雪道は少し溶け出しビシャビシャになっていた。
- 三人共に長靴にアノラックという防寒具姿だった。
- 藤倉は井上に専門家のように説くのだった。
「井上いいか。お前はマンガは上手い。正確に言えば絵が上手い。だがなマンガはストーリーが大事だ。起承転結といって、ハラハラドキドキの内容で読者を引き付けていくことが大事だぞ。大人しいお前にそれができるか?」
「無理だ」
- 井上が答えた。
「石森章太郎のマンガのアイデアはほとんど映画からもらっている。映画を観て、小説を読め。そうすれば物語の組み立て方は分かってくる」
- 藤倉が唾を飛ばして言う。
- 井上は「そうか」そういえば朝日ソノラマの石森の単行本に掲載された作品には、外国映画やSF小説を真似したようなものがあったと思い出した。
「アイデアもストーリーも真似からはじめても恥ずかしくない。だんだんコツが身に付くからな」
- 藤倉は自信げに話した。
三人の中で背が一番高い丹野文雄は背を丸めて井上に言った。
「藤倉の言うことはもっともだが井上焦るなよ。自分のペースでいいんだ。お前は体が弱いからネッチョ(強く粘り)にすることはない」
井上は二人の言葉にうんうんと頷いていた。
- 井上はうれしかった。
- こんなに自分のことで一生懸命心配してくれている、いや、期待してくれていることがうれしかった。
- そしてふたりに感謝した。
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