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第一日目が閉場になる午後5時になっても、熱心なマンガファンで会場はいっぱいだった。
鈴木和博と戸津恵子は、観客一人ひとりに声を掛けて、時間であることを伝えた。
関係者だけになることを見届けると、たかはしよしひでとかんのまさひこは駅へと向かって会場を後にして行った。
酒田から来ていた村上も、
「明日は来れないが、明後日は酒田からマンガ同人の仲間を連れてくるから」
と言って帰って行った。
 
米沢近郊の仲間だけになると、鈴木は今日は解散しますと告げた。
みんなで拍手をして会場を後にした。
 
展示室の鍵を閉めた井上はじめは、青木文雄が長井からわざわざ来てくれたことを思い出していた。
井上は階段を下りながら、青木に後ろから声を掛けた。

「何時の電車でかえんな?」
「これからだと五時……うんと……」

井上は青木を自宅に誘うことにした。
「青木くん、よかったら今晩はオレの家に泊まったらどうだい」
「うん、そうさせてもうらうかなあ」

午後五時を過ぎてもまだ空は明るかった。
暑い街を二人は歩いた。
井上は自宅に着くと、青木を泊めることを祖母ふみに伝えた。
ふみは青木の自宅が長井市のどこなのかを訊ねた。
「寺泉です」
「なに〜寺泉があ。
 だったら泊まっていった方がいい。
 そがな(そんなに)遠いどこだったら、明日も泊まれ」

ふみはそう言って、青木の自宅に電話があるかを訊いた。
青木があると答えると、早速、今日と明日は泊まると、家の人に伝えるように言った。
青木が自宅に電話を掛けているうちに、ふみは冷えたスイカを運んできた。
井上と青木は、手紙のやり取りと集会で数回会った程度で、ゆっくりと話をしたことはなかった。
スイカを食べながらお互いの家庭のことや、なぜ、今の高校に入ったのかなどを話した。
 
そうこうしているうちに風呂が沸いたから入るようにふみは青木に言った。
青木はカバンから、当時はまだ珍しいTシャツというものを出した。
着替えを持参していたのだ。
「最初から泊まる気でいだなが(いたのか)?」
井上が訊くと、青木は、
「私の家は長井駅から遠いので、もし疲れたら米沢駅前の旅館にでも泊まろうかと思っていた。
 着替えは二日分用意してきた」

そう答えた。
青木は自身のことを「私」と呼んでいた。


青木が風呂に入っている間に、ふみは井上にまんが展の初日のことを訊いてきた。
井上は訊かれるままに、たくさんの人が見にきてくれたこと、暑い会場でのアクシデントや大雨のことを目を輝かせて報告した。
ふみは
「うんうん……いがったなぁ(よかったなあ)」
目を細めて井上の話に相槌を打った。
しかし、井上は最後まであの中学生の万引き行為だけは言えなかった。
自分の勘違いであると信じたかったからだ。
 
夕食は祖父の長吉も一緒だった。
長吉とふみは冷蔵庫で冷やしたキリンビールを仲良く飲んだ。
おかずは豚肉の生姜焼きだった。
「遠慮しないでいっぱい食えよ」
長吉が青木に言った。
長吉は元々が長井出身だった。
そのためか、青木に初めて会ったにしては、珍しく親切に声を掛けた。
ふみは、なぜか青木が寺泉であることにこだわっているようだった。
話を訊くのも、寺泉の近くの西根という地区の事に関してだった。
しかし、ふみが青木に話し掛けると、祖父はそれをさえぎるように、青木に別な話題を持ち込もうとする。
井上は、祖母がどうして西根のことばかり訊き、祖父がそれから話題をはぐらかそうとする事に対して、不思議に思いながら、三人の話のやり取りを聞いていた。
ふみのビールを飲むピッチが、次第に早まっていった。

(2006年 8月5日 土曜 記)



(文中の敬称を略させていただきました)
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