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七月十二日。
ギラギラとした陽射しは、朝から暑い一日になることを予想させた。
中央高校の会議室。
日曜日というのに、朝早くからまんが展の準備作業をはじめていた。
生徒会役員、美術部、米沢漫画研究会のメンバーが十人ほど集まっている。
大きな厚紙に、四角い原画の四つ角を挟むようにする。
展示パネルに原画を掲げるためだ。
しかし、原画の大きさが作家によって微妙に違うので、手間が掛かる作業だった。


「原画は絶対に汚さないように!
 たった一枚しかない原画ですからね」
「みんな、忘れずに手を洗ったかあ〜」

三年生で美術部部長の田中富行が、大きな声で言った。
みんなはハ〜イと言って息の合うところを見せた。


大きな厚紙は薄茶だった。
原画を厚紙に並べる。
井上や宮崎、そして鈴木の漫画研究会のメンバーが「よし」と言うと、その原画の四つ角にあたる所を、原画を挟めるように鉛筆削り(注:カッター)で線を入れる。
そして、この用紙がどの作品なのかを書いていくのだった。
床に広げた用紙に、四つんばいとなって、作業を開始した。
三年の小山絹代と戸津恵子は、率先して原画の汚れや折り曲がらないようにと、それぞれの原画の扱いに目を配った。


小山は会議室の窓を閉めた。
「こんな暑い時に窓を閉めるなよ!
 風が入ってこないよ」

生徒会の二年生、仲山が言った。
それに応じて小山が答えた。
「ダメよ!
 風で原画が飛んでしまう」
「汗も注意してね。
 ほら仲山くん!
 汗が額から垂れるから、あなたはその作業をしないで!」

と、戸津が言うと、
「うるせえなあ〜
 先輩面して〜。
 んじゃあオレは何すんなよ」

と、仲山は大きな目をさらに大きくして言った。
「線入れが終った用紙を丸めてちょうだい」

十時を過ぎるころになると、山形からたかはしよしひでやかんのまさひこら数人が駆けつけて来た。
「たいへんだなッス。
 でも、こんなに大勢なら午後の早い時間に終るなあ」

挨拶もそこそこに、たかはしとかんのは、同人会のメンバーの原画を拡げて作業にかかった。
会議室にはときどき教師たちが顔を出した。
そのたびに原画を見せなければならない。
質問や解説の一切を鈴木和博が行った。

モクモクと作業を進めていった。
その甲斐あって、作業は予想以上に早く終了した。
時計は午後一時三十分だった。
みんなで、学校の向い角にあるラーメン店に行った。
窓を締め切った会議室から外へ出ると、わずかに風が肌にあたった。
しかし、それもつかの間で、午後の暑い日ざしが容赦なくみんなを襲った。 

その店は「幸福食堂」(こうふく)といった。
中央高校の教師らが常連となっていた。
ラーメン中心の小さな店だった。
冷やし中華を注文してみんなで食べた。
「今日の中華の代金はまんが展の経費にしていいスから」
と、たかはしは井上に言った。
ありがたいなあ、面目が立つと井上は思ったが、その瞬間、傍で会話を聞いていた小山絹代が二人に言った。
「いいから。
 井上くん、お金がないんだから、自分で食べた物は自分で払えばいいのよ」

そう言って小山はみんなに代金を支払うように言った。
「うるせえ〜っ、
 小山さんは先輩面して、命令ばかりだ!
 手伝ったあげくに冷やし中華ぐらいご馳走になってもいいべえ〜」

と仲山が大声で言った。
「仲山くん、私は生徒会の会計担当だからね。
 そうそう仲山くんもそうじゃない?
 割に合うかどうかではなく、お金のない所からは出してもらえないことぐらいわかるでしょ!!」

と、小山は子どもを諭すように言った。
「仲山、お前はご馳走になりたくって手伝ったのが(か)?」
副会長の近藤重雄が仲山をにらんで言った。
すると仲山は、ポケットからお金を出して机にバンと叩くようにして置いた。
「それでいいのよ、仲山くん」
小山が言うと、みんなは大声で笑った。
井上は胸が熱くなってきた。
みんなはなんてすばらしい仲間なんだろう、この友情は一生忘れないと。
ラーメン店から出ると、かんのまさひこが後ろから井上の肩をたたいた。
「井上くん、なかなかいい仲間だなあ。
 まんが展は成功間違いなしだなあ」

井上は黙ってうなずいた。
暑い風が顔をよぎった。

まもなく期末試験が始まろうとしていたので、みんなは家路へと急いだ。

(2006年 6月16日 金曜 記
 2006年 6月18日 日曜 記)




(文中の敬称を略させていただきました)
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