昭和漫画少年時代


13新潟地震前夜

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1964年(昭和39年)6月15日夕刻。
たまたま級友たちとぱったい(メンコのこと)で遊びほうけてしまったボクは、夕飯時になりあわてて自宅へ帰る途中でした。
とある大イチョウの前を通りかかります。
夕焼けで真っ赤に燃えているようでした。

この大イチョウは、昔からその葉がすべて散ってしまうと雪が降るといわれていました。
確かに少しの日にちのズレはありますが、葉がすべて散る前後一週間程度で初雪が舞ってきました。
またその近くに小さな井戸があり、子供達の間ではそこは昔処刑場でたくさんの首がそこに沈んでいるいう噂がありました。
その怨念が今でもそこに残っており、さまよえる魂が幽霊となって出てくるというのです。

もちろん、どこにでもある根も葉もないうわさ話でしたが、その話がいかにも本当だと思えるようなこれまた良い雰囲気を醸し出しているのです。

ボクはいつもそこは見ないようにして過ぎておりました。

見ないようにして過ぎるといえば、もう一つ、町内に不定期に上映される小さな映画館がありました。
父は『倶楽部』と呼んでいました。その正式名称は今時点では分かりません)
家族で見に行ったここでの懐かしい思い出はいくつもありますが、それは後の機会に回して、そこでかかる夏の定番映画といえば、「納涼お化け映画」でした。
もちろん、ボクは臆病でしたから、一度お化け映画を見てからそれがトラウマになってしまいました。

ですから、当時はその映画の看板でさえもこわくて、じっと見ることができずにおりました。
だって、幽霊がただじっとボクを見つめているのです。
脇へそれても、ボクの方を向いているのです。
いつもボクは目をそらしていっきに看板の前を走り抜けていたのです。
もう大丈夫だろうと、看板をふり返るとまたこちらを幽霊がうらめしそうに見つめているのです。
本当に生きた心地がしませんでした。

いつしかボクは、看板の前を過ぎるときは、思わず
「なんまんだぶつ・・・なんまんだぶつ・・・」
と唱えるようになっていたのです。

さて、その大イチョウの下の古井戸をみないように念仏を唱えて一気に過ぎようとしました。
しましたが、そこに誰かが立っているようなのです。
気のせいかも知れないと、ボクはそのまま走り抜けようとしました。
でも、体が夢の中で動いているようにスローモーションになっているのです。

そして、不意に肩を捕まれました!。
いや、捕まれたような気がして、体のバランスを崩して道ばたへ倒れてしまいました。

ずるっと膝をすりむいたボクに向かって、
「大丈夫だが?(だいじょうぶかい?)」
と、声をかけてくれる人がおりました。

大イチョウの方から出てきたのはいかにもというような小柄な白髪の老人でした。
近所にいそうでいないそんなおじいさんです。

「暗ぐなたがらて、あわでねでな(暗くなったからって、あわてないでな)」

腰を下ろしたおじいさんは手ぬぐいを出し、出血しているボクの膝にそれを巻いてくれました。

「これでいいべ。
 うじ(家)さ帰ったら何がつけでもらえな。」

「ところで、やろ(少年)、明日は気をつけろな。
 たまげるこどがおごっかもすんねえがらて」

その言葉の意味が分からずにいると、

「はやぐ帰れな、やろ(少年)
 んだげんと、まだ会うがもすんにぇげんとな(でも、また会うかもしれないな)」

そういって老人は立ち上がり、また大イチョウの方へ歩いて行きました。
そして、ちょっと目をそらした間に、その老人の姿は見えなくなっていました。

ボクは、お礼も言わずにその老人の言葉をかみしめていました。

「たまげるこどて、なんだべ?」


(2008年8月18日記)



※この作品はほとんどフィクションですから、年代などあてになりません。
文中の登場人物も仮名ですが、実在される方の敬称も略させていただきました

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