- イラスト:たかはしよしひで
「いまごろ、手塚先生は花笠踊りをしているんだがい?」
電話先で鈴木和博が言った。
「ちょっとイメージに合わないなあ……」
井上が答えた。
「んだべ!?あの手塚先生だぞ!ベレー帽を被って踊るなんて信じられない」
「いよいよ明日だな……」
「そうだ。明日手塚先生に会えるんだ。
朝は宮崎(賢治)がオレん所に迎えにくる。
そしてオレたちがはじめんちに行くから待っててくれ」
「オーケーッ。今夜は眠れそうもないなあ」
そう言って井上は受話器を置いた。
受話器を置くと続いて酒田の村上彰司から電話があった。
「手塚先生とキミたちとの面会は重要な話になりそうだから、よく話を聞いて慎重に話し合いをすすめるように」
そう言って村上は電話を切った。
「ずいぶん今夜は電話がくるなあ」
井上の祖父長吉が珍しく笑顔で言った。
「手塚先生と会うんだもの、みんな緊張しているださぁ」
井上が卓袱台のところまで歩きながら言った。
長吉は風呂上りのためか汗をダラダラと頭と顔に流して、顔もゆで蛸のように真っ赤になっていた。
「はじめくん、こんなことを言ってはなんだが……」
扇風機からの風だけでは汗が止まないから団扇でも慌しく扇いだ。
「誘われてもついていくなよ」
長吉は思い切ってそう言った。
「どこさ?」
井上は訊いた。
「どごさって?手塚先生さだ」
「なんで?」
「だって明日大事な話があって会うんだべ?」
「そうらしいけど……」
「だからお前たちを東京さ連れて行くんださ!!」
あまりまじめに話す祖父に井上は笑ってしまった。
「おじいちゃん、そんなことないよ」
そう言って井上は風呂に向かった。
花笠踊りが終って旅館に着いた手塚は同行のスタッフに部屋に閉じ込められた。
「さあ、先生!原稿を描きましょう。アポロの歌の下描きです」
「大村ちゃんに佐藤氏は花笠踊りができますか?」
「できません!」
「じゃあ、ボクが教えましょう!
その前にお風呂で汗を流させてください」
井上は痩せた身体に湯をかけた。
しばらく湯船に浸かっていると、村上や石井文男の電話のことが気になってきた。
……手塚先生が大事な話がある……
「まさか、ないよなあ」
ポツンと言った。
そして風呂の中で顔を洗った。
手塚は旅館の湯船に浸かって、
「ヤッショ〜マカショ〜シャン!シャン!!シャン!!!」
と、花笠踊りの手付きを繰り返した。
今夜の花笠まつりは手塚にとっても、とても楽しいひと時だった。
おまつりの余韻が手塚の心と身体を包んでいた。
それは子どもの無邪気な気分と同じだった。
「先生!?手塚先生!そろそろ原稿を描いてください」
脱衣所から佐藤の声が聞こえた。
手塚は、ハッとした。
これで原稿がなければ最高なんだけどなあ……と急に現実に戻された瞬間でもあった。
手塚は風呂場の窓から夜空を見上げた。
頭から汗が湧き出るように流れていた。
「山形は暑いなあ〜」
手塚がポツンと言った。
夜空は満天の星だった。この日は本当に暑い夜だった。
(2007年 7月23日 月曜 記)
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