34回 いざ山形へ



イラスト:たかはしよしひで

「じゃあ、行ってきます!」
 手塚治虫は手塚プロダクションの面々ににこやかに挨拶をしてビルを出た。
 手塚のマネージャーのボンさんこと平田昭吾、チーフアシスタント鈴木勝利、コム編集長石井文男らが手塚らを見送った。
 
「佐藤氏はどうしてボクに同行することになったのですか?」
 駅に向かいながら手塚は手塚プロの佐藤純也に問いただした。
 小太りの佐藤はネクタイを緩めながら顔と首の汗を拭いてこう言った。
「ボクもよくわからないのですが、先生に『アポロの歌』の下書きだけ描くようにするためにということでした」
 手塚は早足で歩きながら、
「つまりボクを信頼していないということですね?」
 ムッとして吐き捨てるように言った。
 大村は手塚の言葉に頷いた。
 あっ、大村のゴマスリ、裏切り者と佐藤は言いたかったが、それを我慢した。

「テヅカオサムシだあ〜!?」
 商店から出てきた小学生の1、2年生の男児が指を刺して手塚の前に止まった。
 小学生は握手を求めてきた。
 一瞬、ビックリした手塚治虫はニコッリ笑顔になった。
 右手を指し伸ばし握手をした。
そして左手を佐藤の方に伸ばして、
「色紙をください」
 と言った。
 
「やれやれたいへんな珍道中になるんでしょうね」
「原稿が間に合わなかったらたいへんだ。
少年キングだって連載を打ち切るかもしれないよ」

 手塚プロダクションの中ではそんな話が飛び交った。
 制作室には石井文男と平田昭吾の二人がいた。
「明日になるけど野口勲クンを山形に飛ばすから」
 石井が言った。
「エッ!野口ちゃんですか!?
助かるなあ〜
彼なら手塚先生も言うこと聞くだろう」
「火の鳥コンビだからね。
『火の鳥』には結構、野口クンのアイデアが入っている。先生も野口クンには一目置いているみたいだからね」
「石井ちゃん、恩に着るよ」
「ボンちゃん。手塚先生の新連載の人気はどうなの?」

 石井が訊いたのは、今月号から別冊少年マガジンに連載が開始された「ボンバ!」のことだった。
「それがね、あの暗い内容だから人気も予想を下回っていて、別マガ(別冊少年マガジン)の編集長からはもう少し手塚マンガらしく少年物にしてほしいって注文がきているんだ」
 平田は困ったようにそう言った。
 当時の少年マガジンはマンガ誌というより時代を象徴する雑誌になり、朝日ジャーナルと肩を並べる青年たちのバイブルになっていた。
 高森朝雄・ちばてつや「あしたのジョー」、梶原一騎・川崎のぼる「巨人の星」、赤塚不二夫「天才バカボン」、さいとうたかを「無用ノ介」の強力連載の他にも影丸譲二、旭丘光二などの貸本屋マンガ出身の社会派劇画が、青年層から大人までの広い読者層から支持をうけていた。
 子どもたちはいつの間にか少年マガジンから離れて、新たに創刊された少年ジャンプや少年チャンピオンに移ろうとしていた。
 少年マガジンを発行している講談社は、別冊少年マガジンの月刊化で少年たちの囲い込みを図ろうとしていた。
 そのためには手塚治虫のマンガが必要だった。
 当時の手塚は、プレイコミックやビックコミックを中心に劇画に対抗する青年マンガを描き、それなりの評価をうけていた。そしてあの「コム」「火の鳥」だった。
 手塚は完全に新しいマンガの世界を開拓していた。
 一方、少年マンガの手塚作品は少年チャンピオン「やけっぱちのマリア」や少年キング「アポロの歌」などの連載が中心だったがかつての勢いはなく、永井豪などが性の描写のタブーを打ち破るギャグマンガを意識した、ワクチンマンガを描いていた。これがいわゆる出版社の良書としての保険的マンガになり、手塚ファンからはけっして歓迎されていなかった。
 しかし、少年サンデーで見せる短編読み切りマンガの数々に手塚ファンは注目していた。この人気に少年キングや少年ジャンプも読み切りマンガの注文をしていた。
 もちろん別冊少年マガジンもこの状況に注目していた。
 「ワンダースリー」「宇宙少年ソラン」のゴタゴタした問題以来、講談社とは距離を置いていた手塚だったが、久々に別冊少年マガジンからの依頼があって描いた自分の半生記「がぼちゃ一代記」が予想以上の人気だったこともあり、別冊少年マガジンは手塚マンガを柱にしようとした。
 一九七〇年、第一回講談社漫画文化賞を「火の鳥」が受賞した。そして別冊少年マガジンに連載をしたのが「ボンバ!」だった。



(2007年 6月20日 水曜 記
 2007年 6月23日 土曜 記)




(文中の敬称を略させていただきました)
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