33回 マネージャー・ボンさん



イラスト:たかはしよしひで

 手塚プロダクションのマネージャーポンさんこと、平田昭吾と各誌編集者が今回と次回の原稿締切日をめぐって大騒動になっているときに、肝心の手塚治虫は隣の制作室でアイスコーヒーを飲んでいた。

「ああ〜っ、終ったぁ〜
チャンピオンが終ったから一安心ですよ」

 手塚は椅子に座ったままで両手を伸ばして背伸びをした。
 傍には虫プロ商亊COM編集長の石井文男と虫コミックスの大村が椅子に座っていた。
 
 平田が慌しく入ってきた。
「手塚先生!少年キングが『アポロの歌』を描き上げないなら、先生を山形には行かせないと言っています」

「バカなことを言わないでください。
まもなく出発ですよ。
こうやって大村氏が付き添いで待っているんですよ」

 眉間にしわを寄せて手塚は声を荒げて言った。
「先生、この場はボクに任せてください!」
 そう言って手塚の机の左後ろにいたチーフアシスタント鈴木勝利が言って、立ち上がり、制作室を出た。

「手塚先生、これは山形に滞在する二日間の制作工程表です。
まず、キングの『アポロの歌』の下書きを今日から明日にかけて描いてください。
大村氏はこれを航空便でここに送ってください。
主線は鈴木さんが描きます。
先生、いいですね?」

 平田は手塚に念を押した。
「……わかっています!」
 手塚は被っているベレー帽を眉のところまで下げて返事をした。
「次にコムの『トキワ荘物語』に着手します。
これは明日の午前中です。
山形のハ・チ・モンジヤ?八文字屋書店でのサイン会は午後からで、その後はぐらこん山形支部との交流会です。
手塚先生、交流会は一時間にしてください。
いいですね?石井ちゃんも了解ですね?」

 平田がまた念を押した。
「ボンさん。ぐらこん山形支部とは交流会ではありません。
これは会議です。
今後のマンガ界についての私の考えに基づく会議なので、三時間以上はかかります」

 手塚ははっきりそう言った。
「ボクもそのつもりで山形の少年たちには伝えてあります」
 石井は手塚をフォローした。
「石井ちゃん、そんなこと言ってたら『トキワ荘物語』は落としてしまうよ!
苦しむのは石井ちゃんだし担当の清野さんだからね」

 平田は語尾を強めて石井に言うのだった。
「ボンさん!石井氏に失礼じゃないですか。
石井氏はコムの編集長なんです。
ぐらこんにも絶対的な力を持っているのは彼なんですからね。
少し言葉遣いを注意しなさい!!」

 今度は手塚が石井をフォローした。
「大村氏がいるから明日中に『トキワ荘物語』をちゃんと仕上げます。
連作の最終回ですからね」

 手塚は大村の顔を見て言った。
 スポーツ刈りの頭をした大村は大きな目をしてうなずいて応えた。
 石井は平田を誘って制作室を出た。

「ボンさん。
大村の同行では心配なんだ。
彼はいま手塚先生に仲人をお願いしているから、手塚先生の思い通りになってしまう」
 石井はサングラス越しに平田をにらむような目で見ながら言った。
「石井ちゃ〜ん。どうしよう!?」

 強気でいた平田が泣き顔になった。
「サイン会は虫プロ商亊の中でも新書版本や書籍担当部署だから、虫コミックス担当の大村が同行する。
これはどうしようもない。
大村は手塚先生の取引に完全に応じるよ。
我がコム編集部ではマンガ家担当が掛け持ちだから手塚先生に同行することはできないしね」
「石井ちゃん、手塚プロからもう一人同行させるよ。
ただし、これは『アポロの歌』を担当させるためだ。
『トキワ荘物語』は虫プロ商亊からもう一人同行させてほしい。
お願いだ!このとおり石井ちゃんお互い助け合おうよ〜」

 平田は必死で石井に言うのだった。
 石井はしばらく考えて電話の受話器を取った。
「もしもし、石井ですが校条(めんじょう)さんはいますか?
ハイハイ…………
あっ、校条さん?
お願いがあるんだけど………」

 制作室の手塚は悠々自適に鼻歌を流していた。
 傍には大村が脚を組んでジッと座っていた。
 



(2007年 6月12日 火曜 記
 2007年 6月19日 火曜 記
 2007年 6月20日 水曜 記)


※この回の物語は作者の創作です。


(文中の敬称を略させていただきました)
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