七月三十日は朝から曇っていた。
 井上はじめは二階のでんごしから空を見た。久々に雨が降るかもしれないと思った。
 朝食を終えて間もなくに近藤重雄が迎えにきた。 

「井上、まんが展は見事に成功したなあ、いがった(よかった)なあ」
「近藤先輩にはいろいろお手伝いしてもらって助かりました。お笑止な(ありがとう)!」
「井上、たいへんだったなあ、でも楽しかったなあ」

 二人は話しをしながら門東町の小山絹代の家に向かった。
 小山は高校三年生で生徒会役員会計係だった。この間、小山は近藤と一緒に、まんが展の準備や裏方をして井上を助けてきたのだった。
 小山は既に準備をして、近藤たちを待っていた。
「こんなに曇ってきても出かけるの?」
 と、小山は近藤に訊いた。
「まんが展の慰労も兼ねてだから、いちおう行こうよ。折りたたみの傘をもって行けばいい」
「三人分なんてないわよ」
「いいよ、オレたちは……」
「お昼はどうすんの?」
「ホラ!オレのばあちゃんがみんなの分のおにぎりを作ってくれた」

 そう言って、井上は手提げの紙袋を差し出した。紙袋からは海苔とまだ温かいおにぎりの香りが漂ってきた。
 じゃあ、行こうか、と小山が言った。 

 三人は米沢駅に向かって歩いた。三人は取り留めのない話をしていた。
「こんなこといっちゃ悪いけど、アタシはまさよしが一緒でない方がいいなあ。だって世話が焼けるんだもの」
 と、小山が言い出した。
「そんなこと今頃言っても、アイツは米沢駅で待っているじさ」
 と、近藤があわてて言った。
「どうして人選しなかったのよ」
 小山はプンとふくれて言った。
「だって、急な話だからなかなか人がいなかったんだ」
 近藤は言い訳がましく言うのだった。
「まさよしだったら、いない方がいいよ」
 小山は語尾を強くして言った。
 井上は、二人より少し遅れてやり取りを聞きながら後を追うように歩いた。 

 米沢駅までは二十分近くかかった。
 すでにまさよしが待っていた。まさよしは顔が隠れるぐらいのサングラスをかけていた。
「まさよし〜、なんていう格好をしているのよ〜」
 小山は呆れたように言った。
「小山さんに言われる筋合いはないなあ、いいごで、どんな格好しても、オレの自由だべ。民主主義っだべ。七十年安保だべ」
 と、まさよしは反撃した。
「だからアンタと一緒は嫌なのよ!恥ずかしいわねえ」
 小山は完全に頭にきた様子だった。
「お前な!フーテンか?ヒッピーかあ?」
 近藤も呆れて言った。
「副会長に言われだぐないなあ。オレは自由な社会の中で生きているんだごで!」
 まさよしは一考に自分の姿の滑稽さを改めようとしない。
「私たちから離れていなさい!」
 小山が命令をした。まさよしはブツブツ言いながら三人から離れてホームに入った。 

 近藤たちは奥羽本線下りの電車に乗った。
 近藤、井上、小山は一緒の座席で向かい合って乗った。まさよしだけが少し離れた席に座った。
「井上くんはびる沢湖には行ったことがあるの?」
 小山が訊いた。
「高畠だって、初めてだよ」
 と井上は答えた。
「小山は行ったことあるかい?」
 近藤が訊いた。
「ないわ。副会長は?」
 と、小山が近藤に訊いた。
「ない、ない、初めてだから行きたかった。まほろばの里高畠町だ」
 近藤は仕草を混ぜて答えた。まさよしは首を長くして三人の様子を見ていた。大きなサングラスは外さなかった。まさよしの様子はまるで映画の中から出てきたような、うだつの上がらないチンピラそのものだった。 

 田んぼの緑が濃く見えた。あいにくの天気になりそうな、いまにも雨が降ってきそうな空だった。 

 置賜(おいたま)駅を過ぎ、糠の目駅(現・JR高畠駅)に着くと、そこは高畠町だ。今度はここで山形交通高畠線に乗り替えた。わずか一両の電車だった。しかし、高畠町の通勤通学ではなくてはならない民間鉄道だった。 

 田んぼの中をのどかに走る。乗車人数も十人はいないだろうか。近藤も小山も山なみの風景に目をとられ、話もしないで乗っていた。
 糠ノ目、一本柳、竹ノ森と駅は続き、三人は高畠駅で降りた。 

 高畠駅から数キロ歩いた。ただでさえも暑い夏だった。それに雨を持った空だからムンムンと湿気も手伝い、三人のからだからは流れるように汗が噴出していた。

「二年前まではこの高畠線は二井宿まで走っていた。びる沢湖の近くを経由していたんだって。でもクルマ社会になってきたから乗る人が年々少なくなって、高畠駅までになったようよ」
 小山がポツンとひとり言のよう言った。 

 三重塔が見えた。安久津八幡だ。
 三人は珍しい三重塔に見とれながら歩いていく。その後をまさよしが追ってきた。

「古典的な感じの町だなあ……」
 近藤がポツンと言った。
「三重塔があるなんて知らなかった」
 井上が言った。
「びる沢湖はどっちかしら?」
 小山が周りを見渡しながら言い、すぐに大きな観光看板を見つけた。小山が看板に駆け寄っていく。
「ここを道なりに昇っていくのね」
 右手をまっすぐに伸ばして小高い山を指した。


(2006年 9月5日 火曜 記
 2006年 9月6日 水曜 記)



(文中の敬称を略させていただきました)
暑い夏の日第4回

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