11回 四コママンガ



「ねえ、はじめくん。はじめくんが描いた先生たちの似顔絵は、新聞委員会でも、とても評判がよかったよ」
「………」

 井上は上目づかいで美智江を見た。
「そこで〜…お願いなんだけどぉ……」
 やさしい時の美智江は注意もんだ、井上は彼女から指示命令がくることを予感した。

「せっかくだから、四コママンガも載せようということになったのよ。それもはじめくんに描いてもらいたいの」
「エッ!四コママンガだって!?」

 美智江の言葉を聞いた瞬間、井上は大きな声でそう言った。大きな声に驚いた美智江は、両目を丸くして、
「ビックリするじゃない。どうしてそんなに驚くのよ〜」
 と言いながら、井上の背中を大きく叩いた。
 その勢いで井上は前にのけぞり、机に頭をぶつけた。
「はじめ〜、どうしたっていうのよ!なんとか言いなさいよ!!」
 美智江の大きな声に負けてはならないと思った井上は、彼女よりも大きな声で
「四コママンガは描けない!」
 と、言った。
「どうしてなの?いつも自信がなさそうに答えるキミなのに、今日はずいぶん自信がありげに答えたわね」
 美智江は井上の断りにはぜんぜん動じなかった。
 こんなことではじめくんに負けてたまるか!せっかく新聞委員会で私の提案が通ったというのに、ここではじめくんが描けない、なっていったら私の作戦がおじゃんになってしまう。そしてはじめくんもマンガも、注目を浴びるチャンスを逃してしまうから……。美智江はそう思い、自分を奮い立たせた。 

 井上は恐る恐る言葉をつないだ。
「だって、四コママンガはマンガの基本だぞぉ……」
「???だったら描けるでしょ?」
「だから描けないんだ!!」
「わかんないことを言うわねえ〜!頭にきちゃうよ〜」

 ふたりの押し問答が続く。

 井上はまだ四コママンガを満足に描いたことがなかった。とてもむずかしく、どのように描いていいかが正直わからなかった。

「美智江ちゃん、四コママンガはそう簡単なものじゃない。起承転結という物語の基本を、わずか四コマで表現しなければならない……」
「………??」
「四コママンガをちゃんと描ければ、ストーリーマンガなんて簡単なものなんだよ……」

 井上は知ってるだけの知識を精一杯述べて、断り続けた。
 しかし、美智江も負けては成らずと反撃を続けた。 

 今まではじめくんには負けたことがない、彼は私の指示命令には絶対服従なんだ!……。
 そんな美智江の気持ちが、井上より優位にさせていた。 

「そんな屁理屈はなにかの受け売りでしょ?基本ができていないなら、先ずは挑戦してみたらどうなのよ!?」
「………」
「明日まで描いてくること。わかったわね!!」

 そう言って美智江は自分の席に戻った。 

「美智江ちゃん!現実はきびしいんだ!!夢の夢だよ」
 井上は前に向かって精一杯の反発をした。
 するとクルリと後ろを向いた美智江が、
「それをテーマに描いてきてよ」
 と言う。ポカンとした井上に向かって、
「現実はきびしいから『夢の夢』をテーマに描いてって言ってんのォ〜」
 井上がポカンとして口を開いた。美智江の強引さに完全に負けてしまった瞬間だった。 

「はじめくん、きびしい現実から逃げてはダメだよ!」
 美智江は声を低くして姉のように諭して言うと、明後日までマンガを描くように念を押した。
 美智江の心はやれやれとホッとした。後は原稿が出来上がってくることを期待するしかない。 

 校舎の外では数羽の雀がチュン、チュンと鳴いていた。

 四コママンガを美智江から依頼された井上は、この日から二日間に渡って苦しんだ。
 なにしろマンガを描くことは好きでも、見よう見真似の短編マンガを描いていただけだから、四コママンガなどは描いたことはなかった。

 当時の四コママンガは新聞に掲載されていた。「サザエさん」、「フクちゃん」、「まっぴら君」、「アサッテ君」、「夕日くん」など、そのほとんどが大人を対象にしたものが多く、子どもや少年物は、ストーリーマンガが主力だった。
 しかし、マンガの描き方に関する書物には必ず「四コママンガはマンガの基本」、「ストーリーマンガの基本は四コママンガ」、「四つのコマをそれぞれに起・承・転・結で結ぶのが基本」と書いてあった。
 しかし、新聞に載っている四コママンガは正直おもしろくなかった。井上は関心もなかった。 

 参考作品はない。どんなものを描いたらいいんだろう。締め切りは明日だ。
 集英社「少年ブック」の「赤塚不二夫マンガ教室」に投稿していたので、社会批判ではなく自分の等身大の出来事をマンガにしてみようかと考えた。
 美智江から与えられたテーマは「夢の夢」だ。
「中学での自分の立場をマンガしてみようか……」
 ふとそんなことを考えた。
 そうだ、自分のことを描けばいいんだ、そう結論が出ると事は早かった。井上は机に置いたケント紙に向かって下書きを始めた。

(2006年12月25日 月曜 記
 2007年 1月 2日 火曜 記
 2007年 1月 3日 水曜 記
 2007年 1月28日 日曜 記)




(文中の敬称を略させていただきました)
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