- 漫画アクション
- 電車は夕方の池袋駅に着いた。
- 電車のドアが開いた途端に、乗客は洪水のようにホームに溢れて行った。
- 井上たちは椅子に腰掛けていたので、乗客がみんな降りるのを見計らってゆっくり降りた。
村上の後をたかはしが、その後を井上が追いかけるように続いた。
- 池袋駅は主婦や会社員たちでごったがえしていた。
- こんなに多くの人々を見たのは、今日の上京では初めてだった。
- 井上はビックリしながらも、この混雑がうれしかった。
「さすが東京だ」
- 独り言を言った。
改札口を出ようとすると、右側の改札口でトラブル客がいた。
「乗り越しでしょ!? 20円追加です。払って下さい」
- 駅員が大声をあげた。
「うるせ〜乗り越しじゃねえと言っているだろう!!」
- 客が応戦した。
- それを見たのは、井上が駅員に切符を渡す瞬間だった。
- 井上の顔は右側のやり取りに向いた。
(いろんな人がいるんだな。やっぱり東京だなあ)
- 心がワクワクする自分に気づいた。
改札口を出ると人間が右往左往して波のようにうねりながら動いていた。
- この人波には何らかの法則がありそうだが、この「東京の法則」を知らない井上は、時々たかはしの背中の間を別な人間でさえぎられようとするので慌てた。
- 村上は心配そうに後を振り返るが、足は止まらないで歩いている。
- 本当に凄い人の波だ。
- ■
- 東武デパートの出入り口に掛かると人の波はまたまた多くなっていく。
「西武線を降りると東武デパートってのが、粋だね〜」
- たかはしが大声を上げた。
- その声も人の波にかき消されて
- 「エ〜ッなに〜」
- 井上が聴き直すが、井上の声もたかはしにも届かないうちに消されてしまう。
「新宿まで3枚」
- 村上は切符を求めた。
- 山手線を目指して改札口を入る。
- 人の数は大幅に減ったが、多いことにかわりはなく、さらにスピードをアップして人の波は走る。
- 構内の売店に少年マガジンや少年サンデーが高く積まれているのが見える。
- その間から「漫画アクション」という文字とモンキーパンチの表紙の絵がやけに目立って見えた。
- そして少年誌よりも高く積まれていた。
- 「マンガは今や文化」といわれるようになった現代社会であるが、その意味の深さが一瞬にして理解できる風景だった。
(そうかあ。青年コミック誌の「漫画アクション」はこんな所で売れているのか。山形では青年コミック誌は「ビックコミック」が独走している。「漫画アクション」は目じゃなかった、いっても青年誌はまだまだ少年誌の比ではない。東京との需要とはずいぶん開きがあるのだ)
- 井上は東京ならではの意外さに驚いた。
(絵やストーリーのしっかりした作品を見続けていると、「漫画アクション」のモンキーパンチの絵や内容はどうも頂けないが、単純におもしろさで評価すれば、絵も内容もそう斬新さに溢れていた。作品という権威よりもおもしろさが読者にうけていることは分かる。いずれ山形でも「漫画アクション」やモンキーパンチのブームがやって来るだろう)
- 井上はそう思った。
東京・新宿行きの山手線ホームめがけて階段をぞろぞろと人の波が上っていく。
- 足元の階段が見えないぐらいごったがえしてきた。
- 明らかに新宿方面へ行く人が多いのだ。
- 村上はたかはしと井上に「はぐれるなよ」と目で合図した。
- しかし、二人はその合図さえ気付かない。
- 前後左右の間隔がないから、先を見ることすら出来ないのだ。
- 井上は必死にマンガの原稿を胸に抱きかかえようとするが、紙の手提げバックが動かない。
- (まずいなあ。原稿が傷んだら大変だ)
- と思った。
- ■
「御急ぎ下さい新宿東京方面間もなく出発で〜す」
- ホームのスピーカーから駅員の声が発せられると人の波は走り出した。
- そして緑の電車に吸いこまれて行った。
- 村上ら3人もあわてて走り出した。
- いや人の波に走らせられた。
- 山手線の混み具合は人と人がピッタリくっつき合い、身動きどころか相手の息づかいまでが伝わってくる。
- 井上はたかはしや村上と数メートルずつ離れて乗っていた。
(マンガの原稿だけは守らなければ…)
- 井上は心配で、左手に持った原稿入りの手下げ紙バックを見ようとしたが、人と人に挟まれて下が見えない。
- 見えないとますます心配になる。
- その時電車がグラリと大きく前後に揺れた。
「あああ…」
- 井上は声を出した。
- そして全身が飛ばされるようになり、隣の人に身体を預けるようにして止まった。
- その瞬間同じ様に前の人が井上に重なって来た。
「テレビで見るよりホンモノのラッシュは過激だな」
- 目の前に現れたたかはしが井上に言った。
「原稿は大丈夫だべが?」
- 心配そうに井上が言うと、
「原稿はケント紙に描いたものが多いし、それぞれが厚手の封筒に入っているから、大丈夫だったな」
- たかはしが言った。
- 井上の心はホットした。
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