17東映動画にて(1)

1 サクランボ 

 たかはしはサクランボのお土産を二つ差し出した。
 そのうちのひとつは虫プロダクションに渡し忘れたものだった。

 バチーンと事務所中にその音が響いた。
「連絡はどうしたのお〜っ!」
 東映動画の社員の一人が村上の話を聞いた途端に、机を叩き怒鳴ったのだ。
 その人は三人の中で一番若い社員だった。
「ですから、以前に葉書を出して、許可をいただいているんです。今日参上する事もご存知のはずですがあ?」
 村上は汗を吹き出しながら説明をした。
「ここも感じ悪いなあ」
 たかはしと井上は思った。
(今朝の虫プロ商事と「COM編集室」、それに手塚治虫先生といい、とても感じよく接待してくれたのに、虫プロダクションと東映動画は何という態度だ)
 井上は顔を赤くして若い社員を睨んだ。

 柱の上の扇風機がカタカタと音を出して、首を振ってまわっている。
「まあ、お掛けなさい」と四十代位の社員が席を立って、三人に近づいてきた。
 応接用の古ボケた長椅子に三人は腰掛けた。
 この社員は若い社員と違い
「ほお、サクランボかい。山形名産なんだよね」
 穏やかに話し掛けてきた。
 たかはしは忘れかけていた台詞を思いだすように言った。
「これは山形のサクランボです。私たちのお土産です。特別に東映動画さんには二籠持って来ました。食べてみて下さい」
「いやあ〜ありがとう。高価な珍しいものをありがとう。アッ佐藤君。お土産のサクランボだよ。早速頂こう」
 たった今三人を怒鳴った若い社員にサクランボを渡した。
 若い社員はサクランボを持って奥に行った。
 それを見届けると四十代位の社員はあらためて三人に目を配りながら挨拶をした。

「文芸部企画課の小林です。遠くからよく来てくれたね」
 三人はあらためて挨拶のお辞儀をした。
「あいにく君たちが葉書で連絡をとっていた吉田クンは出張で留守なんだが、私が吉田に代わって応対させてもらうよ」
 村上はあらためて今日参上した用件を説明した。
「なるほど、それは大役をご苦労だったね。アマチュアで漫画展を年に二回も企画するとはたいしたもんだね。私のところにもこの一年間でデパート関係から君たちのような企画が持ち込まれるようになった。でも貸し出し料金や規約もまだ整っていないのが現状なんだ」
 小林は丁寧に話しを続けた。
「でも、これだけ空前のマンガとアニメーションブームです。これに社会は目を付けないことはないと思います。アニメの原画セルは貴重です。背景画といい、アニメ原画の魅力はテレビや映画では味わえない迫力があります。これから模様物の企画は増えていくでしょう」
 村上も流れる汗をようやくハンカチで拭きながら話しをした。
「実は失敬な問い合せが多くなってきているんだよ。君たちのように葉書や企画をしっかりしている所はいいのだが、とんでもないあの筋の方々からもいろいろあってね」
 小林は左の人差し指で自分の左頬を上から下に降ろした。
「だから、佐藤クンも…ほら大声を出した彼ね。イライラのしどうしだったんだ」

「うま〜いっ」
 奥から大声で叫ぶ声がした。
「どうしたんだ!サトウ〜」ともう一人の社員が奥に走って行った。
「いや〜初めて食べましたよ サクランボっていうの。甘くてスッパイです」
 皿に盛り付けたサクランボを持った佐藤は、先程とは別人のようにニコニコにて現れた。
 たかはしはこの現金な姿に呆れた。
 そしてこう言った。
「そのサクランボは佐藤錦っていう品種なんです」
 たかはしの佐藤社員に対する精一杯の反撃だった。
 その瞬間たかはしは悔しさがす〜と引いていくのが分かった。


 事務所はみんなで大笑いになった。
 井上は急に心が暖かくなった気がして、ちょっとだけ目に涙がにじんできた。
「いろんな出会いがあるなあ。やっぱりここは東京だ」
 井上はそう思った。

(文中の敬称を略させていただきました)

はじめちゃんの東京騒動記第17回  

第18回にご期待下さい!!

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