1 予期せぬ依頼
- 村上さんは急にこちらを向き、私に叫んだ。
「井上くん。きみを山形漫画予備軍の本部長に!!」
「ええっ!?」
- 私は驚いた。
- 予想もつかないことをいわれた私は、一瞬目の前が真暗になった。
「僕は会社の関係で四日市に転勤しなければならない。だから僕の後を継いでくれる人が必要だ。それは君しかいない」
ちくしょうそんなことをいわれても、僕にはできるわけがない。
- ああ困った。
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「村上さん。俺にはそんな重大な任務は引き受けることはできない」
「僕はあきらめんからノン。東京に行くまでに、絶対ウンといわせてみせる!!」
あんなにやさしい村上さんが、急に鬼のように見え、私は不安になってきた。
なぜなら、山形漫画予備軍の本部長になるには、まず、私たちの米沢漫画研究会の承認を得て、予備軍と合併しなければできるわけがない。
冷たい……風が冷たい……僕の心の中を通り抜ける風が冷たい。
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- 2 集合
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時計の針は午後五時を指すところだった。
私たちは、中山町長崎からやって来るたかはしよしひでさんを迎えに、酒田駅に車を走らせた。
「もうそろそろだノ」
「あっ来ましたよ」
ガニマタで歩くあの姿は、まさしくたかはしよしひでさん。
ありゃあま、両手にたくさんの荷物を持って、なんだあれ〜っ
「ほれっ しばらくだなあ」
待ってましたとばかりに、やって来たたかはしさん。
いつもの笑顔をいっそうニコヤカにし、自然に我々の心もほぐれてきた。
「ハレ〜いやあ のってきたノン」
村上さんもひじょうにうれしそうであった。
「何ですかそのカゴは?」
私はたかはしさんが、両手に持っているカゴのことを聞いた。
「ああそうだ。村上さんに頼まれたコム編集部へのおみやげ『サクランボ』だったナホレ〜」
ナンタルチェア、村上さんはここまで細かく考えて下さっているとは、私は感激した。
「僕はこれから床屋に行ってくるから君たちちょっとの間だけ本屋で待っていてくれ」
私たちを本屋まで送り、村上さんは去って行った。
しばらく、私たち二人は本屋で村上さんの来るのを待った。
「おそいなあ 村上さん」
「おっ あの自動車は村上さんだ」
自動車は村上さんのお兄さんが運転してきた。
「やあ、すまん、すまん 床屋が混んでノ。しかたがないので家でひげだけすってきた」
この時あたりに異様な音がした。
「グーッ」
私の腹の虫が泣いたのだ。
「よし、これから食事に行こうか。ほらたかはしくんと以前行ったスキヤキ屋 あそこでいいだろう」
ああ何と美しい心の持ち主なんだ村上さんは……。
僕の大好物のスキヤキとは。
私の目からはハナミズがしたたりおち、たかはしさんも舌を長くしはじめたところだった。
我々は喜び勇んで、スキヤキ屋に向かった。
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3 すきやき
スキヤキ屋は、肉屋の二階にあった。
- 二階に上がると何ともいえない、いいにおいが三人の腹の虫を騒がした。
「ああ〜 うまい」
なんてうまいんだろう。
- 飢えている我々は、差し出された肉やコンニャク、ネギを、鍋にメチャクチャに入れ次々と食べた。
- 食べ始めて三十分ぐらいで材料は全部なくなった。
「いやアー腹くっついなあ」
- 「おなかパンパン」
- 「腹いっぱいだノウ」
腹ごしらえも出来たし、後は駅に向かうだけ。
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4 東京をめざして
スキヤキ屋から出ると、空は真っ暗で、街頭やネオンの光だけが夜の街を照らしていた。
- 「村上さんは我々にとっては良き先生だ」
- 私が言うと、
「ほんと、ほんと これから村上先生と呼ぼう」
- たかはしさんが言う。
- 村上さんは頭をかきながら、
「やめてくれノ。はずかしいよ」
たかはしさんはすっかり楽しくり、
「先生。先生。村上先生。東京に行ったら先生の一番弟子『手塚治虫』に会って来るんでしょう。先生は手塚治虫という優秀な弟子をもたれて幸せですねェ〜」
ますます悪ノリをする。
- そのたびに村上さんは頭を下げて照れる。
そんな冗談をいいながらも、三人の心の中には、それぞれの願いを込めて上京するのだった。
村上「僕は石森先生と会ってくるんだ」
たかはし「おれは真崎守先生に一目お会いしたいなぁ」
井上「手塚先生に絶対会うんだ!!」
夜の酒田は人影もまばらで、三人の靴音だけが響きわたっていた。
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