34転校

 

「帰ってきたヨッパライ」は5月近くにはラジオを中心に大ヒット曲となり、「アングラソング」として社会現象となってきた。
同時にこの曲を収録したオリジナルLPレコード「ハレンチ」の名前も流行語になっていた。

デザイン界にもその影響がおきた。
アングラやハレンチを連想させる、原色を使った派手な油模様があちこちで見かけるようになった。
井上が考えた「帰ってきたヨッパライ」のイメージ人物(キャラクター)は、井上が数分で考えたものとしては完成度が高かった。
同級生の誰もがそのマンガを認めた。
井上は歌詞に合せて2ページのイラストにしてみた。
これを描くのにも時間は意外にかからなかった。
一晩で描き上げた。
この「帰ってきたヨッパライ」は井上に不思議な力をあたえた。
だから一気に描き上げられたのだろう。

いつものように3年3組の担任春日先生が教室に入ってきた。
春日先生はいつものように、貧乏ゆすりをして左手をズボンのポケットにつっ込み、小銭をいじってチャラチャラ音をさせていた。

「おはよう。今日は話がある。
 オイ、秋野。前に出てきなさい。」


春日先生は黒板に向かって一番右側の二列目の席の秋野紀美子を呼んだ。
秋野は少し恥ずかしがりながら頭をもたれて、春日先生の右側に立った。

「秋野はおとうさんの仕事の都合で岩手県盛岡市に転校することになった。
 急のことだがそういうことだ。
 オイ秋野ひとこと挨拶しろ」

秋野はいつものようにモジモジしながら、照れくさそうに上目遣いで話した。


「み、皆さん、急ですが、盛岡に行きます。
 グスン、皆さんのことは一生忘れません。
 お元気で……」


秋野は挨拶をしながら涙ぐんでいた。
あまりの急な話にみんなは驚いた。
井上もキョトンとして秋野の顔を見ていた。
そのとき、井上は秋野と目が合った、そんな気がした。

三校時が終ったとき、井上は突然席を立ち、秋野の席に行った。
傍に立って井上は秋野に声をかけた。


「秋野さん、これをもらってください!」


大きな封筒を秋野に手渡した。
井上はクラスのみんなが一斉に二人を見たような気がした。
そして井上は顔を赤らめた。

「…………」


秋野は黙って、その封筒を開いた。
中からは井上が描いたマンガが出てきた。
それは「帰ってきたヨッパライ」だった。

「ありがとう……」


秋野はひとことだけそういった。
井上は席にもどった。
秋野の周りでは井上の描いた「帰ってきたヨッパライ」を感心して見ていた。

「はじめ、はじめくん!」


声をかけたのは班長の美智江だった。
井上は美智江を席から見上げた。

「はじめくんは秋野さんが好きだったの?」
「…………」


 井上は黙って顔を下げた。


「そうだったのかあ」


井上は困った。
秋野にはそんな感情は一度ももったことはなかったからだ。
衝動的に持って来た「帰ってきたヨッパライ」を渡してしまっただけなのだ。
第一、話しかけたのは今日が初めてだった。

「美智江ちゃん、おれなあ…」
「はじめくん、好きな人が転校だなんてかわいそうだね。
でも転向を知ってたからマンガを描いてきたんだね」

井上は何もいわないでうつむいた。


「そんなことない!」


と心の中でいった。

(2006年1月15日記)

(文中の敬称を略させていただきました)

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