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- 手塚治虫先生、ぼくは小学校の時に先生に「進めキック」というアトムのマネををしたロボットマンガを描いて送ったことがありました。
- 先生からはビックXの絵とサインを描いたハガキをいただきました。
- しばらくして、アトムのテレビにぼくのキックとそっくりのアトムの弟が登場しました。
- ビックリしました。
- 友だちにはぼくが先生のマネをしたようにいわれました。
- ぼくは先生がぼくの描いたマンガをヒントに使ってもらったのだと信じています。
- とてもうれしいです。
それが励みになり、今ではペンでマンガを描くようになりました。
- 「COM」も毎月買っています。
- 一度先生にぼくのマンガをみていただきたく手紙を書きました。
- 東京に行きましら先生あっていただきますか。
- 井上は手塚治虫に生まれて二度目の手紙を書いた。
- 佐藤修一は井上がデッサンを修正した「巨人の星」の星飛雄馬の顔に自分でペン入れをした。
- 佐藤にとってペン入れは初めてのことだった。
- ペンの力の入れ具合がわからないこともあり、どうしても紙にペンが引っかかりインクがにじんでしまう。
- そこを白のポスターカラーで細い絵筆で修正をした。
- 佐藤はなかなか器用だった。
- 「完成したぞぉ!井上、これでいいかあ?」
と佐藤は大声をあげた。
- その声にはひとつのことを成し遂げた満足感が溢れていた。
- 「修ちゃん、初めてには思えないほど上手だ」
井上はお世辞抜きにそう思った。
「修ちゃんは器用だな」
渡辺もそうほめた。
- しかし、佐藤も渡辺もマンガを描くことは長続きしないで終ってしまった。
彼らにとってマンガを描くことは一時の体験であった。
- 理由は別になかった。
- 佐藤修一は後に井上に大きな影響を与えてることになる。
- 長い冬が終り、4月、春がやって来た。
- それでも町のあちこちには残雪が黒い塊になって目立ってあった。
- そんなある日のことだった。
- 井上が家に着くと玄関に一通のハガキが届いていた。
- 「手塚治虫」
この名前が目に入ってきた。
井上はビックリした。
- 「おお〜っ、て・づ・か・お・お、お、おさむ、せん〜せい だあ〜」
井上はズック靴を脱ぎ捨て、茶の間に上がって行き、大きな声を出した。
「ば、ば、ばあ〜ちゃ〜ん!ばあ〜ちゃ〜ん?どこにい〜る!?」
- 「なんだい、大きな声を出して。ここにいるよ」
と祖母ふみは台所から茶の間に入ってきた。
- 「ばあちゃん見てくれ!手塚治虫先生からハガキが来た!!」
「本当かい!?手塚先生から?すごいねえ」
「すごいだろう。ほら!!」
と、井上はハガキをふみに渡した。
「(ハガキの字が)見えないもの、お前が読んで聴かせなよ」
- 井上は手塚治虫から届いたハガキを声を発てて読んだ。
- お手紙ありがとうございました。
- マンガを描くことはいいのですが、やはり学校の勉強が大切です。
- それからマンガばかり読んではいけません。
- 読書や映画を観ることも大切です。
- どうぞこれからも頑張ってください。
それから上京する時は事前に連絡をください。
- 楽しみにしています。
- 手塚治虫
- 青インクの万年筆で書かれたと思うこのハガキを両手で持った井上は、しばらく立ったままで無言でいた。
- 祖母のふみも一緒に無言で立っていた。
- その時間は数分はたっただろうか。
- 手塚先生のアドバイスはもちろんうれしかったが、
- 「それから上京する時は事前に連絡をください。楽しみにしています」
- という文面はまったく意外であり、井上は驚くと共に静かに感動したのだった。
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