- 漫画家残酷物語
井上がペンで初めて描いた短編ページマンガはクラスでまたまた話題になった。
- 井上は自分が描いた原稿を見つめていた。
- 確かにペン使いも筆使いも粗く、模造紙にはインクがにじむような箇所もあった。
- それでも始めて描いてここまで描けるのなら、練習を重ねれば、いいとこまでいくのではないかと思うのだった。
でも、藤倉や丹野の批評は厳しかった。
「物語がなっていないよ。
- つまんないなあ。
- 同級生の少女が襲われそうになってそれを助ける男子生徒がいる。
- それがどうしたの?これでは物語の一編だよ」
- と言うのは丹野だった。
「井上よ。
- いい物語を作るにはもっともっと本を読め。
- それからテーマをしっかりとしなさい。
- これでは中2コースの短編小説のヒトコマだぞ」
- と藤倉は言った。
- 「もし、このマンガが石森章太郎だったら、誰も評価しないぞ」
- そう藤倉に言われたことが頭に残っていた。
(そうだよなあ、
- 身近な同級生がマンガを描いたから、みんなが注目してくれているだけだもんなあ)
- 素直に自分の原稿を評価できる井上だった。
- 井上は仰向けに寝て脚を組み、両手を伸ばしてマンガの原画をジッと見ていた。
- 藤倉や丹野の批評が頭の中で響いていた。
(確かにそうだ。
- ペンで描いた原画の迫力で同級生は驚いただけだ。
- こんな内容のないマンガはすぐに飽きられる。
- もっと勉強をしないといけないなあ)
井上は素直にそう思った。
(オレは何を描きたいのだろう?
- マンガの絵だけを描いて楽しいから、ストーリーマンガを描けるわけではないんだんなあ)
- 井上は起き上がり、石森章太郎の「続マンガ家入門」を手にした。
- そこにも「テーマを決めること」、「大筋を書く」、「登場人物の性格を決める」など、ストーリーマンガの作り方が丁寧に紹介されていた。
- しかし、井上にはその制作過程を理解するだけの力はなかった。
- 瞬間、瞬間のマンガのおもしろさや絵の魅力だけが頭に走っていた。
なにげなく目がマンガの単行本へ移っていった。
赤茶色と黄色で色付けされた表紙が目を引いた。
「漫画家残酷物語 永島慎二 朝日ソノラマ刊」
- その単行本を手にとった井上は丁寧にページをめくった。
- 雑誌の連載マンガでは味わえない1ページを3段に分けた使い方で、絵も大胆で、いかにも貸本屋向けの単行本を思い出させるマンガだった。
確かにこの朝日ソノラマから発行された永島慎二の単行本の多くが、貸本屋向けに描かれた作品を再掲載していたもので、絵柄もストーリーも雑誌マンガのように細やかさや複雑さには欠けている。
- しかし、短編物や読み切りが多かった。
- 200数十ページのこの単行本は数編の読み切りで構成されていた。
- どの作品もマンガ家志望やマンガ家の苦悩と喜び、そして挫折を描いていた。
- 「漫画家残酷物語 永島慎二 朝日ソノラマ刊」
井上は久々に永島作品を読むことになる。
- そして……
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