22続マンが家入門

 サイボーグ009と石森章太郎のこと 

 
暗くなった雪道を井上は汗をかきながら自宅へ向かった。
 今買ったばかりの石森章太郎の「続マンガ家入門」を一刻も早く読みたかった。
 当時売れっ子マンガ家石森章太郎は少女マンガを中心に活躍していた。
 その石森を一躍有名にしたのは少年キングに連載した「サイボーグ009」のヒットからだった。
 そしてその同名の作品が少年マガジンに移籍して、その人気は大ブレークした。
 キャラクターとストーリー設定が一層しっかりすることで、青年や女性までもファン層を広げた。
 世界各国から拉致された青年たちが頭脳だけが生かされ身体は人間型ロボット「サイボーグ」に改造にされる。
 これを企んだのは戦争の武器を売って莫大な利益を得る「闇の組織」だった。
 この組織は人間をサイボーグにすることで「武器」として販売しようとするが、良心的な心を持つサイボーグ化された者と博士はこの闇の組織に反旗を起こして、闘うストーリーであった。
 ちょうどベトナム戦争が激しくなり、日本はアメリカの同盟国としてこの戦争の事実上の拠点となっていた。
 それだけにこの「サイボーグ009」は説得力のあるストーリーだった。
 また、石森のテンポの早いストーリーとコマ割は斬新だった。
 登場するキャラクターたちの性格も魅力があった。
 手塚先生の「鉄腕アトム」やその亜流のヒーローものばかりに飽きかけていた読者たちからも歓迎されて、多くの少女たちは少年マンガへの入門編として、このヒーローたちを愛していた。

 このころ井上は、石森の絵に魅力を感じていた。
「手塚先生の絵は微妙に人間的で女性的だ。こんな絵は描けない」といつも鉄腕アトムの模写をしながら思っていた。

 中学1年生の春に同じクラスの本間クンがサイボーグ009やその解剖図などの模写していた。
 それをたまたま見せてもらった時に(こんな荒削りの絵ならボクでも描ける)と思った。
 しかし、その時の石森の絵にはそんなに魅力を感じなかった。
 当時のサイボーグ009は、まだ少年画報社発行の「少年キング」に連載で子どもっぽい絵をしていたからだ。
 しかし、この初夏から講談社の「少年マガジン」に連載されたサイボーグ009の絵は、少年キング版よりも大人びて、人物の線や背景も見違えるほど形成されていた。

 この頃の「少年マガジン」には徐々に劇画風の「巨人の星」、「あしたのジョー」が人気を博してきた。そこに石森章太郎の「サイボーグ009」は新鮮に見えた。
 それらの「サイボーグ009」と石森の魅力に井上はとりつかれていった。

 井上は茶の間のコタツに入り、「続・マンガ家入門」をハードケースから丁寧に出した。
「新入門百科」シリーズのこの本は222ページで、そのページのほとんどが前著「マンガ家入門」を読んだ読者からの感想や質問に対して石森が丁寧に答えながら、自分がストーリーマンガをどのように企画して仕上げていくかを紹介していた。
 前著「マンガ家入門」は読んではいないが、井上は読者の感想からほぼ前著の内容が想像できた。
 中ほどから「テレビ小僧」、「おかしなおかしなあの子」、「霧隠」などのいろいろな種類の短編マンガがモデル例として載っていた。時間を忘れて読んだ。

 この夜、井上はもう一冊小さな雑誌を読んでいた。
 その雑誌は光文社の月刊「少年」のふろく「少年マンガ百科 マンガニカ」だった。
 藤子不二雄・編とあるこの雑誌にはマンガの書き方や多くのマンガ家の机上を紹介していた。
 井上は自分が興奮していることすらわからないで、眠れない夜を迎えていた。
 風呂に入っても、布団に入っても石森や藤子の書いた文章やマンガの書き方が目に浮かんでくる。
「ペンタッチ…ベタ…もぞう紙…カブラペン…丸ペン…製図用インク…墨汁…」
 初めて知ったことが頭の中でグルグル回って、浮かんでは消える。


「明日文房具店に行ってみよう」
 井上は早速道具を揃えて、実際に「マンガ家入門」を試みようと考えた。

「ボーン。ボーン」
 時計が午前2時を指した。
 宿題も忘れて井上は眠ってしまった。外は雪が深々と降っていた。

(文中の敬称を略させていただきました)

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