作・なかにし悠


学割

 米沢駅に着いた。
「急行千秋一号 もがみ号……酒田まで、乗車券は東京まで」
「学割だね?」

 駅は客もまばらで、のんびりした窓口だった。
 井上は自信なさそうに、ハイと答えた。
初めて学生割引で切符を購入する瞬間に、戸惑いが井上の顔を硬直させた。
そしてあの時のことが頭をよぎった。

「おい、井上。
事務所に言ったら、私が訊いたことにハイハイとだけ答えるんだぞ。
いいか?」

 高校の教室前の廊下で、井上の二年三組の担任教諭の進藤繁栄が釘を刺した。
 進藤は角刈りをさらに短くした髪形に、青白い顔をしていた。
ちょっと見ると落語家の三遊亭小円遊に似ていた。
進藤を、小円遊、小円遊と、学生たちは親しんでそう呼んだ。
 二人で事務室に向かった。
 一階の正面玄関側にある小さい事務室に二人は入っていった。
「山口先生、学割の発行をお願いします。
うちのクラスの井上はじめといいます。
酒田経由で東京に行き、帰りは東京米沢間です」

 進藤は丁寧に事務長の山口に発行を依頼した。
「どうしたんですか?
ずいぶん変わったコースですね」

 山口は痩せた白髪にメガネ越しに大きな目をして、進藤と井上に向かって訊いた。
「それは……」
 と、井上が答えようとすると、進藤がそれをさえぎる様に、
「井上、大変だなあ……おじさんが手術だってなあ?
 酒田の病院から東京に移るんだってなあ」

 と、言う。
 すると山口は広い額に横じわを何本も作って、
「そりゃあ、大変だ」
 と、同情した。
「おじさんには家族がいないから、井上が付き添うんだってなあ。
井上、いいか、精一杯おじさんの面倒をみてくるんだぞ。
勉強はいつでもできるからな」

 進藤が力強く井上を励ました。
 すると突然に、
「オイ!はずめ(はじめ)!
学割もらったか?」

 後ろから呼びかけ声。
 メガネを掛けた四角い顔の若い男が入ってきた。
 教師の土肥昭だった。
「手塚治虫センセイによろしく言ってくれ!
一応、オレはお前たちの米沢漫画研究会の会長だからな!!」

 大きな声で土肥が言った。
 慌てる進藤だった。
 進藤は土肥に向かって目配せをするが、土肥は気付かないのか相手にしない。
「進藤センセイ、井上はマンガの原稿を借りに行くんですヨ
たいしたもんだ。
 まんが展には美術部も生徒会役員も全面的にバックアップすることにしているんだが、借りてきたプロの原画をどこに保存しておくかが問題なんだよ」

 土肥の話は終らない。
 進藤は土肥を事務室から強引に連れ出した。
 途方にくれる井上だった。



(2008年 5月 1日 木曜 記
 2008年 5月 2日 金曜 記)




(文中の敬称を略させていただきました)

熱い夏の日・第一部

山形マンガ少年 東京騒動記第2回  

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