- 石井はそろそろおいとまをすると言った。
長吉はふみに
「ハイヤーを手配しろ!
タクシーでは失礼だから、間違うなよ」
そう言った。
そして、井上には
「はじめくん、道路に立って、ハイヤーが大通りからこの路地に入るように言え。
さあ、行け!」
と、命令した。
井上が席を立ったところを見計らって、石井はタバコのホープを吸いながらふみに訊いた。
「井上くんは学校が終ったら東京で働くことができますかね?」
ドキッとして言葉に困ったふみは、しばらく考えてから、
「本人次第ださなあ。
だって年寄り二人置いて行ぐ気があっかどうだが?」
と答えた。
「井上くんは将来何になるつもりでしょうね」
石井は訊いた。
「何したいなだがなあ・・・。
そろそろ考えなんねげんどね」
そしてふみは石井に訊いた。
「石井さん、はじめを手塚先生の所さ、連れて行こうと考えてるんだか?
はじめが(家出したりして)居なぐなったら、石井さんさ一番最初に訊けばわかるようにしてくだいなあ」
「おばあちゃん、何を言っているんですか。
井上くんが来たいのなら別ですけどね」
ふみの気持ちはうれしくもあり、淋しくもあり、複雑だった。
「うちのばさま(婆様)は、バカなごどばっかり言うがら気にしねでくだいな」
と、長吉が言った。
扇風機の回る音だグルグルと鳴り、ふみの気持ちの表しているようだった。
ハイヤーがきた。
みんなは外に出た。
七時になろうとしているのに外はまだ明るい。
- 夕焼けの光が東の空と雲に反射していた。
石井は丁寧に挨拶をしてから、ハイヤーの前で井上に向って、
「あっ、井上くん。
時々電話をもらえるかな。
ボクを指名してちょうだい。
これからのことをいろいろ話をしていきたいし、キミの相談にのれるならそうしたいからネ!」
と、言った。
- ●
- 「編集長、まだきてくだいな!
手塚治虫シェンシェ(先生)さ、よろしく言ってくだいな!」
と、長吉が言った。
石井はハイヤーの窓から慌てて井上に言った。
「そうそう、手塚先生から伝言があったんだ!」
井上はエッと言ってハイヤーの窓に手を掛けた。
「来月に手塚先生が山形市に来るから、そのときにゆっくり会いたいって言ってました。
いいですか?」
「わかりました。
ぜひ、お願いします」
井上は大きな声で言った。
長吉とふみは井上の後ろで頷いていた。
- ●
- 「運転手さん、小野川ホテルさ行ってくだいな!
料金はうちさツケでくだいな」
長吉がそう言うとハイヤーは狭い路地を出発した。
- そして路地を曲がって大通りに出て行った。
- ●
長吉とふみ、そして井上は、いつまでもその場に立って見送っていた。
夕日は暮れなずむ空をさらにいっそう真っ赤に染めあげていった。
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- 「COM」1970年9月号の270ページに次の記事が写真入で掲載された。
- 「ぐら・こん」山形支部誕生!!
七月二十六日、猛暑の山形県米沢市の市民文化会館で、第二回山形漫画展が開催された。
この日三十五・六度という、近来にない高温を示したこの地方だが、県内、近県からかけつけた、熱心なまんがマニアで、会場は、ますます熱気をおびてきた。
「COM」を中心とする、プロ作家の原画、まんが本各種、全国のまんが同人誌など、多彩な飾り付けは、「みちのく」のまんがマニアたちに大きな刺激を与えた。
午後にはいって、主催者の山形漫画予備軍の総会が開かれ、その席上山形漫画予備軍が「ぐら・こん」山形支部として発足することに決まりその初代支部長に、井上肇君が選出された。(中略)
「ぐら・こん」本部では、「ぐら・こん」山形支部を右記の通り決定いたしました。
山形地方のまんが愛好者で、入会希望の方は、直接支部宛にご連絡ください。(中略)
「ぐら・こん」本部では、右記のとおり「ぐら・こん」山形支部の人員構成を認可いたしました。
今後本部では、「ぐら・こん」に関する山形地方活動の一切を井上支部長と連絡の上で行なっていきます。
- 「熱い夏の日〜山形マンガ少年〜」
- 第二部 旅立ちの歌 完
- (2006年 8月20日 ・脱稿)
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