36喫茶にて



会場から歩いて五、六分のところのパチンコ店二階に「純喫茶・田園」があった。
そこは米沢で一番大きな喫茶店だった。
大きなキャバレー風の造りで、席は有に百席はあっただろうか。
ぞろぞろと十数人が入っていくと、薄暗い店内もにぎやかになった。
店内はクーラーが効いていた。
ヒヤッとした空気が心地よく流れる汗を冷やした。
 
暗い店内にはシャンデリアが輝き、大きな噴水とその音が涼しさを誘った。
流れる音楽はポールモーリアの曲だった。
 
みんなは大きなソファに石井文男を中心にして囲むように座った。
店員がおしぼりと水を持参した。
その際に店員が石井に声を掛けた。
「お客様、恐れ入りますがサングラスはご遠慮ください」
「エッ、ボク?」

石井が自分の指で顔を指した。
笑いながら仕方なさそうに石井はサングラスをとった。
するとやさしい目をした素顔が現れた。
とても若く親しみのある素顔だった。
みんなはその石井の素顔に惹かれるのであった。

酒田からきた若者たちは帰る電車時間を気にしながらも、積極的に石井にマンガ界のこと、「コム」のことを質問した。
意外だったのはぐらこんについての質問や意見が少なかったことだった。

やがて、片付けを終えた米沢勢が遅れてやってきた。
みんなは大きな声で、
「ご苦労〜さ〜ま〜」
と、労いの声を掛けて迎えた。
 
会場で仲良くなった酒田と米沢のマンガ仲間がまんが展の成功を大いに喜んだ。
みんながアイスコーヒーを飲みながらワイワイガヤガヤで話は盛り上がっていた。
そして、
「ぐらこん山形支部結成は村上の願いだっただけに、このまんが展が村上さんへの壮行会だったね」
と、酒田の誰かが言った。
「置き土産がぐらこん山形支部だったら責任が重いよ」
と、井上が言った。
そのやり取りを石井は笑いながら見つめていた。
「この少年少女たちなら立派なぐらんこん山形支部ができる」
と思った。
「村上くん。
 きみの望みがかなってよかったね」

と、石井が村上に話し掛けた。
「石井さんのお陰です。
 ありがとうございました。
 これで安心して四日市に転勤ができます」
 村上がホッとした表情で言った。
「村上くん、改めて相談したいことがあるんだ。
 近いうちに時間を取ってもらえるかなあ」

 石井が村上の耳元で言った。
「ハイ、わかりました。
 今週か遅くても来週にはご挨拶に伺うつもりでいました。
 そのときにでもいいですか?」
「急ぎのことなので助かります」
石井には思惑があった。
石井は、ぐらこん担当者秋山満の後任として、この村上彰司を虫プロ商事の社員に迎えようと考えていたのだ。
村上は、春の酒田での「山形まんが展」と今回の米沢での二回目の「山形まんが展」を企画し、その交渉力や企画力はなかなかなものであった。
この間の電話のやり取りや会った印象がとても好感が持てた。
そしてそれが石井が村上に目を付けた理由だった。
もう一つの理由は、村上は、勤務する東洋曹達(ソーダ)酒田工場から四日市工場への移動が内示されていた。
それならこれを機会に、退職を促してもいいのではないかと考えたのだった。
「彼ならぐらこんを任せられる」
石井はそう思った。
そしてそのことは虫プロ商事の社長である手塚治虫にも相談してあった。
七月の手塚プロでの手塚治虫と村上の対面は事実上の面接でもあった。
■■
しかし、これらの動きについて村上本人はまだ知らない。
石井と村上は短い会話だった。
それを村上の席向かいでジッとたかはしよしひでと、井上が聞いていた。
たかはしは石井に何かを感じた。
井上もまた同じだった。
そうこうしているうちに、酒田勢と山形勢が帰る電車の時間になってきた。
これを合図にみんなは一斉に席を立った。

(2006年 8月16日 水曜 記
 2006年 8月17日 木曜 記)



(文中の敬称を略させていただきました)
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