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「山形まんが展」二日目は午前九時からの開場だった。
この日も早くから米沢文化会館前で小学生が並んでいた。
昨日も観たという中学生もきていた。

鈴木和博と宮崎賢治、それに戸津恵子が会場作りを始めていた。
井上はじめは夕べ泊まった長井の青木文雄と一緒に、彼らよりも遅れて到着した。

展示会場の鍵を開けて、暑い空気を追い出した。
戸津は受付のある窓を開けると、明るく言った。
「今日はいい天気ね。
 夏雲があるわ。
 ほらね」
青空と白い夏雲がスッキリしたコントラストを作り、さわやかな朝にしていた。
「今日は酒田の村上彰司さんも、山形のたかはしよしひでさん、かんのまさひこさんもこないから、まったく米沢漫画研究会だけで(事に)あたらなければならないからよろしく」
鈴木がみんなに注意を促した。
「ハ〜イ」
七名の会員が元気に返事をした。

開場してしばらくすると、米沢市教育委員会の「鈴木さん」と「山ちゃん」こと山口 昭がきた。
山ちゃんは井上を発見すると気さくに声を掛けてきた。
「おめでとさん!
 よくできているよ」

そう言って、井上にウインクをした。
「ありがとうございます。
 昨日も満員でした。
 今日も朝からこのとおり(満員)です」
「赤塚不二夫のトキワ荘とつのだじろうのトキワ荘、石森章太郎のトキワ荘って、みんなトキワ荘を描いているんだなあ?
 なんでだ?」

山口は腕を組んで、太い眉と大きな目をクリクリさせて訊いた。
井上はいま一線で活躍しているマンガ家は手塚治虫に誘われるままに、東京椎名町のトキワ荘というアパートに住み、一流のプロマンガ家を目指して切磋琢磨した思い出を、連作でマンガにしたことを解説した。
多くの人が立ち止まるのは手塚治虫先生の「火の鳥」と石森章太郎の「サイボーグ009」だった。
山ちゃんも鈴木さんもやはりこの場所で立ち止まるのだった。
当時の手塚治虫はマンガ界を越えた文化人としてのスーパースターだった。
この年に手塚の「火の鳥」は講談社文化賞を受賞していた。
そして「火の鳥・鳳凰編」は手塚の作品の中でもかなり注目を集めていた。
見る者にとってはその手塚治虫の原画が、自分たちの目の前にあるとは意外であっただろう。

石森章太郎は「トキワ荘」の他に「サイボーグ009」を出展していた。
ペン画タッチに描き込まれたペルーのピラミッドやアンコールワットなどの遺跡の絵の迫力は展示場を圧巻し盛り上げていた。
「こりゃ、米沢市や教育委員会が共催してもいい企画だよネ」
鈴木が山ちゃんに言った。
「ダメだ。
 役所は頭が固いから……
 それにしてもすごい作品ばかりだなあ」
中学の同級生の丹野文雄がやってきた。
「井上くん、きたよ!」
あの人懐っこい笑顔を浮べて丹野は井上に挨拶した。
「丹野くん〜きてくれたんだ。
 うれしいなあ」

少しオーバーかと思われるかもしれないが、井上は素直に喜びを丹野に表した。
丹野は井上の中学時代の親友の一人だった。
井上が本格的にマンガを描こうとしたときも、丹野は姉が勤める相田文具堂に井上を連れて行き、マンガを描く道具を選んでくれたほどだった。
丹野は米沢工業高校に進学したからも時々会ってはいたが、一年生の秋からは疎遠になっていたのだった。
「しばらく会わないうちに背が伸びたんじゃないか?」
丹野が井上を見て言った。
「背伸びしたのはこのまんが展だ」
井上が言うと丹野はやさしく笑いながら、
「おめでとう……
 井上くんなら(何か)やると思っていたよ」

そう言った。
 
大塚けんいちこと青木健一がやってきた。
この日井上たちは初めて青木と会った。
青木は米沢商業高校二年生だった。
黙って自分の作品の前で鑑賞し、後の会場全体を見て回っていた。
口数は少ないが、眉と眼がスッキリとした好感の持てる人だと井上は思った。
 
「はじめくん!」
小学校時代の恩師の河村よし子が井上に声を掛けた。
「三中の生徒はきたがい(きましたか)?」
「昨日、沢山きてくれました」

井上が答えると、ああよかったと言い、河村は安堵した表情をした。
そして井上を手招きして受付のはじに誘った。
 
戸津がパイプ椅子に座るように場所を設けてくれた。
河村は座ると、すぐに井上の顔を仰ぐようにして上半身を前に出して話始めた。
「はじめくん、気分悪くしないでなあ。
 このまんが展のポスターを校内に貼るかどうかをめぐってたいへんだったんだ」

その瞬間に、あの無愛想に対応した第三中学校の教師の顔が浮かんだ。
「はじめくんが、あしたのジョーの描いてあるこのまんが展のポスターを持ってきたろう?
 それが職員室のゴミ箱に捨てられてあるのを他の先生が見つけたのよ。
 そしたら○○先生が捨てたって言うから、私はその先生にどうして捨てたのか訊いたのよ」

河村は
このまんが展を企画したのは自分の教え子であること、
マンガ文化を地域で作っていこうとするメンバーでマンガ同人会を組織していること、
手塚治虫先生というすばらしい指導者の下でその活動を展開していること

を述べたという。
しかし、○○先生には話が通じなく、「たかがマンガじゃないか」と発言をしたので、河村はその考えはマンガに対して偏見であり、時代認識から遅れているのではないかと指摘したという。
職員室でワイワイ話していたが、埒(らち)が明かないでいた。
すると校長が間に入ってきたという。
校長は、
「それは河村先生の言うとおりだから、ポスターはできるだけ目立つ所に貼ってあげなさい」
と、いうことになったという。
「それで昨日は、朝からあんなにたくさんの三中の生徒が見にきてくれたんだ」
井上はポツンと言った。
「ああ、いがったなあ(よかった)
 少しは私も役に立った」

河村は再び安堵し、
「はじめくん、あらためて「まんが展」成功おめでとう!!」
そして、
「はじめくん、まんが展が終ったら、この原画を私の家に持ってきなさい」
と、言った。
井上が不思議な顔をしていると、
「主人がカメラの接写レンズを持っているから、原画を写真に撮って上げるから」
そう言うと、汗を拭いて会場に入って行った。

(2006年 8月6日 日曜 記)



(文中の敬称を略させていただきました)
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