- 7月26日、日曜日。
- いよいよ「第二回山形まんが展」の開幕の日を迎えた。
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この日も朝から暑く、湿度も高かった。
- ジメジメしており、ちょっと動くだけで汗が流れてくる。
- 井上はじめは、緊張して朝食をとった。
いつもなら一人の朝食なのだが、この日は祖父の長吉と祖母のふみも一緒に食事をした。
三人は黙って食事をしていた。
みんなはまんが展の事が心配で、妙に緊張していた。
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- 採りたてのキュウリが大きく切られ皿に盛り付けられていた。
傍には味噌が山盛りになっていた。
それからネギなしの納豆と鮭の切り身、熱い味噌汁が出された。
井上は炊きたてのご飯を山盛り二杯食べた。
祖父の長吉がキュウリに味噌をいっぱい付けてうまそうに食べた。
それを見て祖母のふみが呆れ顔で言った。
「おじいちゃん、やんだごと(嫌だね)。
そんなに味噌を付けたらしょっぱくて血圧が上がっからねえ」
ふみの話をおちょくるように長吉は、
「もぎたてはうまいなあ。
なあ?はじめ〜」
そう言って井上に同意を求めた。
「うん、うまいなあ。
おじいちゃん」
井上はそう答えた。
長吉はうれしそうにはじめを見た。
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「いよいよまんが展は今日からだなあ……
いっぱい人が入るといいなあ」
長吉が言った。
その瞬間、ふみは目を卓袱台(ちゃぶだい)に目をおとした。
井上も口を止め、目を閉じた。
そして、心の中でこう言った。
「ありがとう、おじいちゃん……」
朝の陽射しが茶の間の畳を白く光らせていた。
- 午前九時には米沢市民文化会館前にみんなは集合していた。
山形のたかはしよしひで(中山町長崎)、かんのまさひこ(寒河江市※画像)、青木文雄(長井市)は朝早くから電車でやってきていた。
生徒会副会長の近藤重雄、役員の小山絹代も居ても立ってもいられなく会場にきていた。
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- 三階の展示会場に入ると、室内はいっそう蒸し暑かった。
「あっ、なんだこれは〜?」
鈴木和博と青木文雄が声を上げた。
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会場のあちこちで展示物を覆っていた透明のビニールがはがれていた。
暑さの仕業だ。
みんながガムテープを持ってビニールを貼り直していった。
しかし、場所によっては直してもアッという間にはがれてくるのだった。
- 「こりゃあ、苦労するなあ。
宮崎も青木くんも会場係として配慮してあたってくだいな(ください)」
鈴木はみんなにも同じことを言いながら、開幕の時間までできるだけ完璧に会場作りに心掛けた。
- 三階の展示室に山形漫画予備軍会長村上彰司が現れたのは、会場間際の午前九時四十五分過ぎだった。
汗を顔中にダラダラと垂らして階段を昇ってきた。
- 「やあ、みなさん、こんにちは。
米沢って暑いねえ」
村上はやさしい笑顔で受付にいた戸津恵子とかんのまさひこに挨拶をした。
かんのまさひこは、会場の中にいる井上はじめを呼びにきた。
「い・の・う・え・くん。
酒田から村上しぇんしぇ(先生)が、ござてけだ(みえられた)ぞぉ!」
- 井上はすぐに受付に行った。
村上はハンカチで汗を拭いていた。
「村上さん……」
井上はそこまで言うと言葉にならなかった。
村上の汗だくの顔を見たら急に胸が熱くなり、まんが展をめぐる今までの思い出が、背中から覆って肩越しに流れ落ちてくような感じがした。
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「井上くん、よくここまで準備したノ。
ありがとう。
たいへんだったね」
村上は井上の胸の内を察するように、やさしい笑顔で労いの言葉を掛けた。
井上はその村上のおもいやりがとてもうれしかった。
村上さん、ここまでようやくたどり着きましたと、いう言葉が喉まで出ていたが、それを言うと涙が流れそうなので黙ってしまった。
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みんなの思いも井上と同じだった。
戸津恵子は井上の傍で目を潤ませた。
かんのとたかはしよしひでが目をパチパチさせて無言で立っていた。
その周りを宮崎賢治、鈴木和博らが数名が囲んでいた。
誰もが目を潤ませていた。
- 沈黙がしばらく続いた。
- 「さあ、ぼくのクルマから単行本を運ぶの手伝ってくれるか」
村上がそういうと、井上と鈴木らが元気よくハイと返事をした。
それを合図のように、井上や近藤、青木ら数人が早足で三階から階段を下りて行った。
- それを見て、たかはしよしひでが言った。
「かんのしぇんしぇ(先生)!
オラだ(俺たち)、マンガ同人会をしていてしぇがった(良かった)なっス」
かんのが相づちを打ちながら、
「なえだて(なんだか)、友情マンガって言うんだが(言うような)、水島新司の日の丸文庫の世界だんねが」
うれしそうにそう言った。
- (2006年 7月24日 月曜 記
2006年 7月25日 日曜 記
2006年 7月29日 土曜 記)
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