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鈴木和博と田中富行の指示で、展示会場は着々とまんが展らしい会場へと完成していった。
展示パネルに薄茶色の大判用紙を貼り付ける。
それにマンガの原稿を一枚ずつ四つ角を挟んでいった。
大判用紙には複数の原稿を張り出す。
それが終ると汚れが付かないように大きな透明ビニールを被せる。
鈴木和博は時々大きな声でみんなに呼び掛けた。
「とにかくプロの原画は一枚しかないので、慎重に扱ってくださ〜い」
その都度、は〜いと会場から声が上がった。
会場が半分ぐらい出来上がったころに、教育委員会の鈴木がやってきた。
「どうだい、何か不自由なことはないかな?
 そうだね、この暑さはどうしようもないもんネ。
 窓を開ければ展示品が飛ぶといけないしなあ」

そう井上はじめに言った。
当時はクーラーは大きな喫茶店しかなかった時代だった。

鈴木は会場を見渡しながら、
「なかなかきみたちやるじゃないか!
 すごい企画だねえ。
 マンガ家たちもすごいね。
 みんな売れっ子ばかりじゃないか。
 きみたち本当に高校生かい?」

と、両腕を抱えるポーズをして、ニヒルな笑顔を作った。

しばらくすると井上の祖父・長吉が現れた。
長吉はとても体格がよく太っていた。
はげた頭を隠すように、いつもハンチング帽を被り、吊バンドのズボンを穿いていた。
「はじめくん、準備はどうだ?」
祖父は孫に対して「くん」付けをして呼ぶのだった。
はじめは祖父を「おじいちゃん」と呼んでいた。
「おじいちゃん、みんなよく働いてくれるから、
 思った以上にすばらしい展示になりそうだ」
「それならいいが……。
 邪魔すると悪いから帰るからな」

祖父は今までどんな会合や展覧会があっても顔を出すことはなかった。
それは祖母のふみも同じだった。
それがわざわざ来てくれたのには、祖父にとっても並々ならぬことだと井上は思った。

井上は三階の展示室の窓から外を見た。
太った祖父が自転車をゆっくり走らせて行く後姿が見えた。
井上の心はジーンとなって熱いものが込み上げてくるのだった。

「どうしたの、井上くん?」
後ろから戸津恵子が声を掛けた。
ビックリして井上は振り向いた。
「せ、先輩!」
「ほら、買ってきたわ。
 ファンタスティック!?」

体が細い戸津は、重そうにスーパーの紙袋を抱えて立っていた。
井上は、いまの神妙な顔が戸津に見られたのではないかと心配になり、顔が真っ赤になった。
「ビックリするじゃないの。
 何を驚いているの?
 私はオバケではありませんからね」

展示室の外に集まって、冷えたファンタをみんなで飲んだ。
パイプ椅子に腰掛けてワイシャツを仰ぐ者、
タオルを濡らして顔や腕を拭く者、
汗を床に滴り落す者、
みんな汗だくだったが、誰しも顔の表情は明るかった。 
小山絹代と戸津恵子の二人はみんなに労いの言葉を掛けていた。
そして、小山は一人で運動服を叩きながら展示された作品を見て歩いた。
その後を近藤重雄が続いた。
小山と近藤はいつも目立たないところで井上を支えていた。
このまんが展も準備から今日までなんとか成功するように、生徒会役員たちを動かして万全の体制を敷いてくれたのだった。
小山と近藤はお互いに顔を見合わせて、
「ヤッタネ」
と心で呼び掛けあった。

「さあ、終ったぞ〜!!」
鈴木の声が会場いっぱいに響いた。
「後は明日に酒田の村上さんが単行本三百冊を持ってきてもらえばいいんだなあ」
と、宮崎が言った。

(2006年7月23日 日曜記)



(文中の敬称を略させていただきました)
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