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井上の試験日の行動は夕方早く眠り、午後10時頃から午前3時頃まで集中してノートを読み返し、記憶することだった。
いわゆる「一夜漬け」である。

試験日は早く帰ることが出来たが、井上は二年生の一学期にあまりに成績順番が下がったショックから、成績のいい級友と情報を交換することに時間を使った。
それは成績のいい級友と一緒に帰えりながら、試験に出そうな箇所や科目毎の教師の出題傾向を話し合うのだった。
「数学の試験は意外に簡単だったなあ」
と、級友の新藤克三が言った。
「有路教頭は和蔵先生と違って、応用問題にこだわらないから、基本が出来ていれば十分だから」
と、もう一人の級友の新関寧(やすし)が評論家のような口ぶりで言った。
「はじめは(今日の試験は)どうだった?」
と、新藤が訊いた。
井上は自信なさそうに、
「ん……。
 七十点取れればいいかな」
と言うと、新関は井上をたしなめるようにこう言った。
「はじめ、大丈夫ださぁ。
 あの問題なら九十点は取れるはずだ」
「いや、頭の中が「まんが展」のことでいっぱいで自信がない」
「はじめ、和博に聞いたけど、まんが展は大掛かりなんだってな。
 手塚治虫の作品が展示されるってホントか?」
「ホントだ」
「マンガの神様のホンモノの作品が見られるんだ。
 すごいなあ」
「はじめは手塚治虫に会って来たんだもんな。
 よく会ってくれたよな」
と新関に続いて新藤が言った。
「はじめ、青春は一度しかない!
 悔いのないようにしっかりとまんが展に集中しろな」
と、新関が言った。
新藤もそうだ、そうだと援護射撃のように言った。
「期末試験は後三日あるからなあ。
 今回は惨敗かな」
と井上がため息混じりに言った。
「はじめ、同じだ。
 オレは試験中というのに、この北杜夫の『ドクトルマンボウ航海記』を読むために時間配りがたいへんだもの。
 ヒヒヒッ……」
「新関は余裕があるからなあ」
と、井上はうらやましそうに言った。
新関はそんなことはないと言い、まんが展は今回限りだけど試験はまだまだあるからなと井上を再度励ました。

試験は心配するほどではなかった。
井上はヤマが的中したと運の強さを感じた。

井上は試験最終日の夕方には大町のマツヤ書店に向った。

書店に並んであるマンガ雑誌を片っ端らから手にした。
そしてそれをレジカウンターに持っていった。
「どうしたのよ、井上くん?
こんなにマンガを読むの?」
と、店主の黎子が言った。
「まんが展に展示するんだけど……」
と、答えた。
カウンターに居た黎子の視線がウインドウに張られてある「山形まんが展」のポスターに移った。
マンガ雑誌のカラートビラ(表紙)を利用したそのポスターの斬新さは、裏面から見ても迫力十分であった。

困ったことが起こった。
それは青年マンガ誌や成人マンガ誌の扱いであった。
年々増えていきつつある青年マンガ誌と成人マンガ誌には、少年マンガにはない斬新な実験と表現力があった。
しかし、内容はどうしてもエログロが多く、展示していいのかどうかを考えた時に購入に迷った。 

黎子は腕を組んで井上の行動を目で追っていた。
雑誌を手にしては顔を真っ赤にしている井上を無言で見ていた。
井上は迷った挙句に購入を決めた。
成人マンガ誌は聞いたことも見たこともない出版社だったり、いかにも衝動に駆られるような表紙と雑誌名だった。

「こんな雑誌でも買う人はいるのよ。
 いや〜ねえ」
と、黎子は商売だから仕方のないと言いたげにため息を吐いた。
井上はとても恥ずかしくなり、赤くなった顔をさらに赤くして額から汗を流した。

 黎子は井上がカウンターに持ち込んだ雑誌を次々とレジで打った。
レジが終った順から井上は風呂敷に雑誌を包んだ。

百三十冊にはなっただろうか。合計で二万四千七百円だった。
「こんな金額でいいの?
 ホントに買うの?」
と、黎子は心配して井上に訊ねた。
「ずいぶん掛かるんだなあ」
と、井上はビックリした。
「だって成人マンガは(価格が)高いもの。
 第一こんな変な雑誌をまんが展に出していいの?
 子どもたちも来るんでしょ?」
黎子の心配は確かだった。
「青年マンガは見ても大丈夫かもしれないけど、成人マンガはビニール袋に入れて展示しようかな」
と、井上が言った。
そうした方が後で問題にならないと思うよ、と黎子が言った。

「井上くん、単行本はいらないの?」
「酒田の村上彰司さんが三百冊位持ってくるんです」
「へ〜、すごいわね。
 その三百冊はどうやって酒田から運ぶの?」
「村上さんのホンダN三六〇(軽自動車)でないかなあ……」
「井上くん、万引きに合わないように気をつけなさいよ」
マンガが好きな人たちに悪い人はいない、と井上は思い、黎子の注意に対してこころで反発した。

百三十冊の雑誌は風呂敷には包みきれなかった。
黎子はダンボール箱を持ち出して雑誌を入れるよう井上に指示した。
井上の乗ってきた自転車では荷台が小さいから、マツヤ書店の自転車を借りてダンボール箱に詰めた雑誌を運んだ。
二往復するうちに井上は頭からパンツの中まで汗だらけになっていた。

井上は自分の自転車を引っ張りながら歩いて帰ろうとした。
夜の八時近くなり、平和通り商店街のネオンが夜の街をにぎやかに飾っていた。

(2006年7月6日 木曜記)



(文中の敬称を略させていただきました)
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