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井上は教育委員会を出るとその足で近くの米沢新聞社に行った。
それからさらに足を延ばして山形新聞社置賜支社に行く。
まんが展を新聞で紹介をしてもらうためだ。
両新聞社は夕方で締め切りの時間に追われていたせいか、まんが展の案内文を見ても
「ハイ、お預かりします」
とだけ言い、質問もなにもなかった。
「あまり関心がなさそうだ」
それが井上の印象だった。

それにしても、中央のマスコミは新聞やテレビでも「マンガブーム」、「劇画ブーム」と毎日のように報道され、社会現象になっていた時代だった。
しかも大学紛争では全共闘の学生たちにとっては講談社の「少年マガジン」と朝日新聞社の「朝日ジャーナル」が必読書のようにいわれてもいた。
米沢のマスコミの対応に時代遅れを感じる井上だった。

それはわずか一日の上京であったが、手塚治虫先生やコムの石井文男編集長との出会いや東京の体験をとおして、時代の変化や流れのようなものを体感したからだった。
あれ以来、米沢の空気や時間の流れにゆるやかさと時代とは別な世界を感じるのであった。
「これが米沢の現実か……」
ため息に似た言葉が井上のひとり言流れた。

夕方というのにまだ空は明るい。
そして暑い。
井上は汗を白いハンカチで拭いながら歩いた。
側をバスが土ぼこりをたて走っていく。
バスは中央待合所に止まる。
井上はその待合所の十字路を東に曲がって、郵便局の向かい側に十字路をまた渡る。
洋服屋の隣にある小さなビルには「米沢日報社」と看板が掲げてあった。

井上は急な階段を昇り、米沢日報社と書いてあるドアをノックした。
「ハイッ」
という返事と同時にドアが開いた。
「あら、はじめくん!
 井上はじめくんじゃないの」
小太りの若い女性が親しそうに声を掛けてきた。
井上はビックリした。
そしてその女性の顔を見た。
「あっ、清田先生……」
若い女性は顔を傾げてニコニコして井上を見つめた。
「清田先生はどうしてここにいるんですか?」
「ビックリした?
 アタシは今ここに勤めているのよ」

清田厚子は井上が第四中学校の臨時教師を勤めていた。
まだ二十代の初めの清田は情熱的に生徒に接していた。
中学二年、三年生の時には国語を担当していたがクラス担任の補佐もしており、井上らのクラスとは特に親しかった。

新聞社の中には清田のほかに年配の男が無愛想に座って、伝票を数えていた。
記者らしい男が一人で机に向かって書き物をしていた。
清田は井上に近くの椅子に座るようにすすめた。

「清田先生、まんが展をします。
 紹介の記事を書いてもらいたいんです」
「まんが展?
 すごいわね〜
 はじめくんたちが開くの?
 はじめくんはマンガが上手だったからね」

姉が弟に話しかけるように清田はやさしく言った。
井上はひと通り内容を説明した。

「手塚治虫ははじめくんがあこがれていた人よね。
 すごいことじゃない!?
 楽しみだね。
 成功するようにきっと紹介してあげるわ」

清田は終始笑顔を絶やさなかった。
「清田先生、よろしくお願いします!」
井上は深々と頭を下げた。
急な長い階段を降りていった。
清田はドアを開けて目を細めて井上の後姿を見送った。

(2006年5月8日 月曜 記)



(文中の敬称を略させていただきました)
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