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鈴木和博は思い立ったらすぐに行動に移すタイプだった。
いわゆる行動派だ。

井上が山形漫画研究会の肉筆回覧誌「ステップ・三号」を手にした時の感動は、言葉にならないぐらい大きい衝撃でもあった。
井上はすぐにこの「ステップ・三号」を鈴木に見せに行った。

鈴木とその兄の部屋は母屋の裏の離れにある資材置場の二階にあった。
ポスターやステレオがやけに目立つ部屋だった。
ベッドとオーデコロンの香りが自立した大人の部屋をイメージさせた。
井上は風呂敷に包んできた肉筆回覧誌「ステップ・三号」を取り出して、丸いおしゃれなテーブルの上に置いた。
あぐらをかいた鈴木は初めてみる肉筆回覧誌「ステップ・三号」に目を丸くした。


「すげえ〜なあ。この厚さは五センチはあるか」
絵具と墨汁、そして糊が入り交ざった独特の臭いがこの「ステップ・三号」から漂っており、その異質な存在感には十分過ぎた。
鈴木は次々とページをめくり、井上と感動を共感しあった。
そして、
「はじめ、同人会を作ろう!」
とひとことだけ言った。

米沢漫画研究会って名前でどうかな」
井上は鈴木につられて衝動的に言った。
その名前は明らかにたかはしよしひでたちの「山形漫画研究会」をヒントにしたものだった。

(2006年4月5日 水曜 記)


井上と鈴木はお互いに腕を組んだり、寝転がったりしながら、これから作ろうとしている「米沢漫画研究会」の案作りをしていた。
「はじめ、あんまり考えるな。
山形漫研(山形漫画研究会)を参考にして会則を作ろう!?
 それがいいよ」
鈴木はモタモタしている井上と、自分自身もどうしてよいかわからないこともあって、そう発言して今日のところは終りにしたかった。
「そだな、わからないことはすべてマネをしようか。
 でも、会長や事務局なんかも決めなければいけかいよ」
と井上は言った。
「はじめ、悪いけどそれらは明日までの宿題としよう。
 オレはこのステップをよく研究したいから今日のところは終りにしよう。
 ほらもう8時だ」
井上は鈴木の離れの階段を降りた。
鈴木の部屋からはテレビの音が聴こえてきた。
えぬてーぶい紅白歌のベストテン〜 赤、真っ赤な太陽に〜 白、ぼんやり白い雲〜 と訊き慣れたテレビの主題曲が外まで流れてきた。
井上は婦人用自転車に乗って夜道を静かに帰った。
翌日になると井上と鈴木、そして宮崎賢治の三人で美術部の教材などを入れてある場所に集まった。
「はじめ、何にか案は考えてきたのか」
と鈴木が言った。井上は答えるように言った。
「和博くんが言うように会則は山形漫研を参考にしていい。
 後は三役を誰にするかだ」
「井上が会長でいいだろう」

低くゆっくりした声で宮崎が言った。
「はじめ、オレも賛成だ。お前やれ!」
鈴木が間、髪(ハツ)を入れず言った。
「オレはだめだって。
 みんなの前に出ることは苦手だから。
 それに会長は顔役がいい。
 オレは事務局をやるから。
 和博くんと宮崎くんは副会長でどうだい」
「会長は誰にすんな(するの)?」

宮崎が井上に訊いた。
井上はしばらく考えていた。
そして決意したように言った。
「土肥先生でどうだ?」
「美術部顧問の土肥先生?」
「先生が?」
「そうだよ。顧問の土肥昭先生だ!」
「なんで、ドヒ〜いや土肥なんだ」

鈴木が問うた。
「山形漫研は肉筆回覧誌『ステップ』を作品集とし、機関誌は『ホップ』だろう。
 ホップで作品の批評や意見、情報交換をしている。
 しかもガリ版印刷(謄写版印刷)だ。
 聞くところによるとたかはしさん宅にはお父さんの仕事の関係で、謄写版印刷の道具が揃っているそうだ。
 オレたちが始めるにあたってそれらの道具はない。
 買うにも金がない。そこでだ……」
井上は一生懸命に鈴木と宮崎に自分の案の説明をするのであった。
鈴木はそれを聞き終えるとすぐにこう言った。
「わかった!はじめの案に賛成する。
 これからドヒ先生に会長のお願いに行こう!
 なあ、宮崎?」
「うん!行ごう!」

 三人は職員室に向かうのであった。

(2006年4月11日 火曜 記)

※肉筆回覧誌とは?
原稿をそのまま紐などで綴じて、表紙を付けたもの。
それを会員の間を小包や、手渡しなどで回覧するもので、青焼きコピーが出てくるまでは、ガリ版刷りと同じく同人誌としては一般的でした。
会員数にもよりますが、手元に置けるのは、わずか2〜3日でした。
有名なところでは、石ノ森章太郎先生の『墨汁一滴』などがあります。

※謄写版印刷・ガリ版印刷とは?
謄写版(とうしゃばん)は、印刷方法の1つ。孔版印刷の1種である。ガリ版(がりばん)ともいう。
発明者はトーマス・エジソンで、1893年ごろに原型がつくられた。日本の堀井新治郎が改良。1894年に完成したものが現代につながる最初の謄写版印刷機であるとされる。ほぼ20世紀全体を通して、日本で多く使われた。
ロウ紙と呼ばれる特殊な原紙を専用のやすりの上に載せ、鉄筆という先端が鉄でできたペンで文字や絵をかく (この作業を「原紙を切る」という)。この部分は紙がけずれて細かい孔がたくさん開く。原紙の上にインクを塗り、下に紙をおいて押さえると、描いた部分の文字や絵の部分だけインクが通過し、印刷されるしくみである。原稿用紙と原版が同一であるのが特徴で、印刷後、原紙は破棄される。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より一部抜粋いたしました。



(文中の敬称を略させていただきました)
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