「西沢ゆたかクンは今月発売のCOM『ぐらこん』で入選したんですヨ」
と、北海道支部の成田とものりが言った。
「ああ、競作の!?」
と、村上彰司が言った。
西沢ゆたかは長髪の前髪を右手でかきあげながら照れて顔を赤くした。
井上はじめの思考が動いた。
にしざわ大……って……そう、『うしなわれたもの』というタイトルの8ページの短編マンガだった。
井上はこの『うしなわれたもの』を読んだ時にはびっくりした。
ストーリーが井上が以前下描きまでしたマンガにそっくりだったからだ。
井上のマンガは数十ページなので、物語にはもう一捻りされてはいたが。
しかし、絵のうまさはにしざわ大の方が断然うまい。
同じことを考える人がいるもんだなあ、そう井上は偶然に驚いたのだった。
それから半月あまりでその本人に会うなんて、偶然が二度きたのだった。
「あのう、大さん。『うしなわれたもの』を読みました。
びっくりしました。ボクのマンガと似た内容だったので……」
井上は西沢にボソボソと低い声でゆっくり言った。
西沢は目を丸くして、
「え〜っ、そうだったのですかあ〜ひゃあ、奇遇ですねえ〜」
と、愛嬌いっぱいに明るく言った。
「西沢のマンガはありふれたストーリーだから、誰でも考えている内容だ」
と、鼻に掛かる声で千葉つよしが呆れたように言った。
「千葉チャン、オレはなにを言われてもいいけど、山形のいの、井上クンには失礼だよ」 西沢が千葉に言った。
「西沢は人がいいから、あんな甘ったるいのを描くんだよ。
時代はそんなに甘くないよ。青春は闘いさ。あんなの入選だなんてCOMも甘くなったね」
西沢と千葉のやり取りがしばらく続いた。
レフリー役が常識派の成田のようだった。
井上はたちは三人のやり取りを聞いていた。
なんて難しい三人なんだろうか?
「西沢にはイデオロギーがないよ!」
イデオロギーだって?井上はまたまたびっくりした。
これではマンガの話というよりも思想や政治みたいじゃないか。
山形ではこんな難しい話をするのは青木文雄クンぐらいだな。
千葉の西沢への批判の大方の内容は、井上は自分のことを指摘されているような気がした。
確かに当たっているかもしれない。
考えてみれば、最近はさっぱりマンガを描く時間がなくなっている。
もっぱらぐらこん山形支部の仕事ばかりだ。
会員との連絡はもっぱら手紙だった。
機関紙「玄武」は孔版、そうガリ版で発行している。
その他に肉筆回覧誌「JUN」の制作だった。
あっという間に時間が過ぎていく。
来客室のドアが開いた。
COM編集長の石井文男だった。
「やあ、待たせたね。外で話そうか」
村上らはハイと言って席を立った。
偶然は何度くるんだろうか……井上はそう思った。
- (2010年5月23日 日曜 記)
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