70回 記念写真



 たかはしたちは八文字屋書店の中を手塚治虫と一緒歩いた。
 書店の関係者たちは手塚に挨拶をする。
 そのたびにたかはしたちも手塚と一緒に頭を下げて挨拶をした。
「なんだか手塚先生のスタッフみたいだなあ」
 鈴木和博がうれしそうに言った。
「たかはしセンセイ!?
なんだかマネージャーみたいだなあ」

 宮崎が笑いながら言った。
 列は手塚を先頭に数珠つなぎになって、早足で書店の中を二階から一階に降り、本棚の間の人波を器用に通り抜けて外に出た。
 外気はムーッと熱く、その空気が井上らを襲った。
「ヒ〜ッ、暑い!いや熱い〜」
 と、手塚が言った。
 いつの間にか、名もない少女だけがいなくなっていた。
 後藤和子も挨拶をして帰って行った。
 
「手塚先生!記念写真をよろしいですか?」
 たかはしが言った。
「ぜひ、そうしましょう!」
 手塚が答えた。
 大村は往来の激しいこの場所でない方がいいのではないかと進言した。
 確かにこの七日町は花笠祭りを観ようとする人たちでごった返していた。
 大通りの向かいからは手塚治虫を発見した通行人たちが、指差して、
「テヅカオサムだ〜っ!?」
 と、叫び出しているのが聞こえてきた。
「じゃあ、こちらへ!!」
 そう言って、たかはしは県庁の方に向かって早足で歩いた。
 その後を、大村が歩き、手塚、井上、鈴木、多田、宮崎、伊原と続いた。

 手塚は早足で歩きながら、井上に声をかけた。
「井上クン。
ぐらこん山形の支部長はきっと大変でしょう。
でもね、あなたがさっき言ったように『希望』を持って事にあたってくださいね。
マンガ界はあなたたちのように可能性に挑戦する若者を待っています。
損得でマンガ界にいるようでは本物ではありません。
プロはプロなりにワクワクドキドキするようなマンガやアニメを作らなければ、プロと言えるでしょうか?
常に新しいものに挑戦していくこと、これが一番大事です。
挑戦する気持ちを失ったら、もうそのときに終わりですからね。
あなたたちは、自分たちの企画であれだけの規模のまんが展に挑戦したんですよ。
『ぐらこん』やマンガ界も、そしてボク自身も、あなたたちのような熱い人を……、挑戦する人が欲しいのです。
その気持ちを忘れないでくださいね。
今日は本当に楽しかった。
待っていますからね」
「えっ?」

 と、井上が最後の言葉を確認したかった。
『待っていますからね』
 と、聞こえたことがどういう意味だったのか。
 
 たかはしは歩道を右側に折れた。
そして、
「ここでどうですか?」
 と、大村に訊いた。
「いいじゃないですか」
 答えたのは手塚だった。
 大村は宮崎からカメラを借りた。
「さあ、並びましょう!」
 手塚はニコニコして言った。
 みんなは緊張していた。
「みなさん、もっと楽にして笑ってください」
 と、カメラを構えた大村が言った。
 たかはしと伊原が緊張を解きほごそうと、冗談を言ってみんなを笑わせた。
 手塚治虫がゲラゲラと笑った。
つられて井上らも笑った。
 その瞬間に大村はカメラのシャッターを切った。


 
「あなたたちの情熱がこの山形の夏を暑く、いや熱くしているではないですか」
 手塚は人懐っこく笑いながらそう言った。
 みんなは再びゲラゲラと笑った。
「手塚センセイ!
また、会ってもらえますか!?」

 たかはしが訊いた。
「ええ、ぜひ、喜んで……」
 と、手塚が答えた。
「ホントに!?
いいんですか?」

 と、鈴木が訊いた。
ホントですよ。
だって、この山形から東京までサクランボをお土産にボクのところまできてくれるんですよ。
ボクはあなたたちの情熱には感動しています。
なんでもしますから、遠慮なく言ってくださいネ」

 ワーッと歓喜が上がった。
「もう一枚撮りま〜す!」
 大村の大きな声が路地に響いた。
 みんなは背筋をピンと伸ばして、最高の笑顔になった。


 
 今日も暑い夕暮れだった。
 遠くからは花笠音頭のお囃子と歌が聞こえる。
この路地も人通りが多くなってきた。
「手塚先生、お願いです!
サインをください!!」

 突然、宮崎が手塚に声をかけた。
 そろそろ帰る時間です、と、大村が手塚に言った。
「ごめんなさい。
もう勘弁してください。
本当にごめんなさい」

 気の毒そうにと手塚は宮崎に頭を下げた。
 わかりました、と寂しく宮崎が答えた。
 手塚はサインを断ったばかりの宮崎の手を取って、両手で握手をした。
「今日はありがとう。
頑張ってね!」

 それから一人ひとりに握手を求めた。
 マンガの神様 手塚治虫からの握手に感動する井上たちだった。
 
「あなたたちの熱い夏の日を忘れないでくださいね
また、会いましょう」

 手塚はそう言って、ベレー帽に手をやり頭を下げた。
 そして手を振りながら、大通りに戻っていくのだった。
「手塚センセイ〜
ありがとうございました〜」

 たかはしよしひでが大きな声で手塚の後姿にそう言った。
 手塚は後ろを振り返り、ニコッと笑って手を振って応えた。
「オレたちの熱い夏の日……か……」
 井上がポツンと言った。



(2008年 4月 8日 火曜 記
 2008年 4月18日 金曜 記)



事実経過に基づいて描いておりますが、ご本人や関係者の名誉のためにも、登場人物のの心理や考えは作者の想像の範囲であることをお断りしておきます。


(文中の敬称を略させていただきました)
熱い夏の日第70回

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