喫茶室は熱かった。
大きなクーラーが動いてはいるが、外の暑さで効果がない。
手塚は困った。
「大事な話」をたかはしや井上らのぐらこん山形支部のメンバーに話したいからだ。
このままでは、この少年たちとファンの集いになってしまう……。
もうすぐしたら、手塚とそのスタッフは秋田に向けて出発しなければならない。
それだけに手塚は焦っていた。
そんな時、井上が言った。
「ボクは小学六年生のときに『鉄腕アトム』の映画を六日間、朝から晩まで映画館で観ていました。それから『ジャングル大帝』も二回、東映動画の『西遊記』も六回、『シンドバットの冒険』や『わんわん忠臣蔵』も三回は観ています。昨年はアニメラマ『千夜一夜物語』を六回観ました」
「手塚先生、アニメラマについてお話をしていただけますか?」
井上は顔を硬直して多少興奮気味に質問をした。
「井上クンは、ボクの関わっているアニメ映画はほとんど観ているですねえ。すごいなあ〜」
手塚はニコニコして言った。
「井上クン、アニメラマってのはね。
アニメーションとドラマをくっつけたボクなりの『造語』なんです。
『大人が観るアニメ』はそれなりに物語を重視することが大事ですからね。
児童物と区別する意味でそう名付けたんです」
「手塚先生。『千夜一夜物語』は日本テレビの『ゲバゲバ90分』のようなバラエティーギャグで飽きさせないんですが、その分、ストーリーに重みがないような気がしました」
井上の感想に手塚の傍にいた大村はドキッとした。
そして手塚の顔を見た。
手塚はニコニコした表情を変えずに井上の感想を聞いていた。
珍しいなあと大村は思った。
手塚は自分の作品が編集者やスタッフに意見されると、プライドが傷つくのか機嫌が悪くなるのだった。
「鋭い指摘ですね(笑)」
実に落ち着いている手塚治虫だった。
「『千夜一夜物語』は初の大人のアニメーションで、世界で一番長編のアニメーションにしようとしたんです。
当然エロチズムを入れることになったのですが、あまりその面ばかりが強調されては権力とは何かという大切なテーマが見えにくくなるので、それをカバーする役割もあってギャグを入れたんです」
「手塚先生、それはわかりますが、あまりにギャグが奇抜すぎたのか、女島の場面もしつこいのでテーマがかすんでしまいました」
「そうかもしれませんね。
みんなからは手塚は女が色っぽくないと言われました。
そこで今回公開の『クレオパトラ』では、お色気マンガの巨匠の小島功さんにキャラクターデザインをお願いしたんです。
ああ、いいのかなあ?
子どもさんたちがいるところでこんなことを言って」
そう言いながら手塚は大村の顔を見た。
大村は組んだ脚を両手で押さえて無表情でいた。
大村は、手塚先生は珍しく機嫌がいいなあ、と思った。
(2007年11月 8日 木曜 記)
- ■
|