紹介はたかはしらの向かい席になった。
「旭丘光志先生のアシスタントの後藤和子さんです」
たかはしが後藤和子を紹介した。
その瞬間から、後藤はたかはしの声をさえぎって、
「後藤和子です。
この四月から旭丘光志先生のアシスタントになりました。
よろしくお願いします」
手塚はすぐに、
「旭丘光志先生って、あの少年マガジンで伝記物を描いている?」
と、後藤に訊きかえした。
「はい、そうです。
その他にもいろいろ描いていますが……」
「そうですかあ〜。
いやあ、よくアシスタント一年生で夏休みが取れたねえ?
不思議だ、不思議だ……」
笑いながら手塚が言った。
ウチだったら絶対に無理だよ。と、言って手塚は急に馴れ馴れしくなってきた。
それは誰もがとても気さくに感じるのだった。
「そうなんですかあ?旭丘先生はとてもやさしくしてくれるので平気で夏休みをいただいたんですけど、いけなかったのでしょうか?」
後藤が手塚に質問した。
「それは先生たちによって対応が違うからなんとも言えないけどね。
でも、先生がくれたならしっかり休みなさい」
そう言うと手塚は後藤に微笑を返した。
次は伊原の番だ。
「大学生の伊原秀明です。
ときどき、ぐらこんにコママンガを投稿しています。
なかなか入選しません。
(アイデアの)ヒネリが足りないのかなあなんて思っています」
井原の話をうなずきながら手塚は聞いていた。
いつの間にか手塚は脚を組み、組んだ脚の膝の上で両手の指をクロスさせていた。
「伊原さん、コママンガとはいまどき珍しいですね。
あのネ、コママンガを勉強しないでストーリーマンガを描く人が多いけれどネ。
それはろくにデッサンも勉強しないで絵を描くようなものなんです。
コママンガはマンガの基礎です。
つまり、マンガは絵がいくら上手に描けても、テーマとアイデアと伊原さんが言うヒネリがなければおもしろくもなんともないんです」
伊原は背筋をピンと伸ばし、流れる汗も拭かないで手塚の話を聞いた。
「マンガはテーマとアイデア、そしてヒネリですからネ。
伊原さん、いっぱいコママンガを勉強してください。
いつか、絶対に役に立つときがきます。
どんどん投稿してください。
今度、気を付けて見ておきます!」
手塚はまたニコニコした。
伊原はありがとうございます!と、頭を下げて丁寧に礼を言った。
次は宮崎賢治だ。
「宮崎賢治です」
ひとこと言うと、
「エッ!?宮沢賢治さん?同姓同名ですか?」
と、手塚が訊きなおした。
「ミ・ヤ・ザ・キ……宮崎です!」
大きな声で言いなおした。
「ああ、そうですか?失礼しました」
手塚はすぐに謝った。
とても紳士的だと宮崎はこの瞬間に手塚のとりこになった。
「鈴木和博です!
手塚先生は最近サンデーやジャンプなどに短編マンガというか、読み切りマンガを描いていますが、読んでいてとてもおもしろいです。
ボクたちは同人誌に作品を描くわけで、どうしても短編マンガが多いわけです。
でも、手塚先生の短編マンガのようにストーリー性や自分のテーマがどうしてもうまく描けません。
どうしたら手塚先生のように描けるのでしょうか?」
負けず嫌いの鈴木は唇を噛みながら質問をぶつけた。
「〜ン。マンガばか読んでいてはいつまでも作品と呼べるものは描けません。
やはり勉強は大事ですヨ。
勉強っていうのはネ。
学校の教科も大事です。
それから世界の文学ネ。映画や音楽など、あらゆる芸術を貪欲に読み、観る、聴くことです」
「手塚先生!これは先日の山形マンガ展の写真です。
観てください!」
たかはしは井上の許から数冊のミニアルバムに整理された写真を受け取って、手塚に渡した。
(2007年 9月16日 日曜 記
2007年 9月19日 水曜 記)
- ■
|