「旭丘先生はね、井上クンから電話をもらったことを覚えていたのよ」
後藤和子は人懐こい黒い目をクリクリさせて言った。
「だって、山形から長距離電話を掛けてくる高校生なんて珍しいじゃない?
しかも、熱心に戦争と平和について語りだしたっていうじゃない!?
先生もその熱心さにビックリしていたわよ」
後藤は井上やたかはしらの顔を見渡すようにしてそう言った。
「井上センセイ、よかったネエ〜」
たかはしよしひでは弟を見るようなやさしい目で、傍にいる井上を見つめて言った。
「ハイ!」
井上は返事をしてたかはしと後藤に大きく頭を下げた。
「みなさん、こんにちは……!?」
低い声で喫茶室に入ってきたのは、虫プロ商亊の大村だった。
「あっ、大村さん!?」
そう言ってたかはしが立ち上がった。
それに釣られるように井上も宮崎も鈴木も立ち上がった。
「手塚先生は予定を大幅に越してサイン会が終りました。
いま、別室で食事をしています。
大変申し訳ないけど、もう少し待ってくれませんか」
頭から顔から首に流れる汗をハンカチで拭きながら大村が言った。
「私たちは構いませんから……なあ!?」
たかはしはそう答えて、大村と一緒に席に着いた。
それから大村は山形の暑さに参ったとたかはしに言った。
しばらく世間話をしていると、小学校高学年らしき少女が入ってきた。
みんなにぴょこんと頭を下げると多田少年の前の席に座った。
井上はその光景に唖然とした。
たかはしセンセイは少年だけではなく少女まで呼んでいたのかあ……と、複雑な気持ちになった。
「ごめんください……」
口ごもったような声をして、七三に髪を分けたメガネを掛けた男性が声を掛けてきた。
「あの〜、手塚治虫先生との対談はここでいいんでしょうか?」
メガネの男はそう言って席に居るみんなの顔を見渡した。
「ああ、どうぞ、どうぞ……」
大村が手で座るように合図をしながら答えた。
誰だこのメガネ男は……井上はまたビックリした。
また、たかはしセンセイの知り合いか?井上はたかはしを疑った。
しかし、待てよ、たかはしセンセイはこの少女も、メガネ男にも目も合わせないし、声もかけていない。
じゃあ、この人たちは誰なんだろう?
「井上センセイ。あの女の子とメガネの男の人は誰なんだべね?」
たかはしが井上に訊いてきた。
「たかはしセンセイは知らないんだべが?」
「しゃね(知らない)っス・・・」
「ええ、困ったなあ。
手塚先生から大事な話があるって言うのになあ」
「みなさん、私は蔵王からきた伊原(秀明)です。
先ほど手塚治虫先生のサイン会に並んでいた時、みなさんがスタッフの方と話をしていたのを見かけたんです。
そしたらコムとかぐらこんとか、手塚先生とお話をするとか言われていたのを耳に入ったんでした。
私は大学生でコムのぐらこんにコママンガを投稿しているもんですから、みなさんを追い掛けてきたんでした。
お邪魔でなかったら仲間に入れてください」
メガネ男はそう言って、挨拶の頭を下げた。
たかはしは井上を見た。
お互いにいいだろうと頷いた。
そしてたかはしは鈴木と宮崎の顔も見た。
二人とも了解の合図に頷いた。
それにしても、あの少女は一体誰だろう?
たかはしも井上も他の者たちもわからないまま時間が過ぎていった。
(2007年 9月3日 月曜 記
2007年 9月10日 月曜 記)
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