44回 後藤和子こと「ごとう和」



 三人の前に立っていたのが、たかはしよしひでだった。
それも小学生らしいい男の子を連れている。
「なんだあ〜手塚先生じゃないんだ〜」
 鈴木があきれた声で言った。
「なんだとはなんだべえなあ〜」
 たかはしはいかにも失礼な!、と、いう顔をして言った。
 長岡孝子との一件で、たかはしらしくない態度に怒りと違和感を持った三人だったから、なおさらあきれた顔を見せてしまった。
「たかはしセンセイ!その子どもはなんですか?」
 と、井上が訊いた。
「なんですかではなく、誰ですかだろう?」
 たかはしはそう言ってから、
「多田ヒロシ クンだ」
 と、少年を紹介した。
少年はマンガ好きで、たかはしがお世話になっている方の子どもだと言った。
「たかはしセンセイ!大事な話があるときに、関係者以外を誘ってもいいんですか?」
 井上は少し怒りを込めて言うのだった。
「大丈夫、大丈夫。多田クンは小学生だから、傍に座っているだけだから……」
 と、あっさりと質問をかわすたかはしだった。
 
 八文字屋書店二階には参考書類とレコード販売、そして喫茶室があった。
 喫茶室に入ると、ウエートレスの二人が四人を待つように席に案内するのだった。
 五人の席からまっすぐに手塚のサイン会の模様が見えた。
 一人ひとりに声を掛け、色紙にマンガとサインをして握手をする手塚治虫は笑顔を絶やさなかった。
 マンガの神様手塚治虫はこの山形でも長蛇の列だ。
 井上も鈴木も宮崎も黙ってサイン会の模様を眺めていた。
その手塚があとわずかの時間で井上らに「大事な話」をするという、だんだん緊張度が高まっていくのがわかっていた。
 たかはしだけがのんきに多田少年をあやすように、ワイワイ話をしていた。

「遅れてしまってごめんなさい!」
 短い髪を後ろで縛り、そばかす顔の少女がやってきた。
「オース!よく休みとれたなあス!?」
 たかはしが立ち上がって言った。
 たかはしは少女を席に案内した。
そして二人で話し始めるのだった。
 誰なんだこの娘は?紹介ぐらいしろよなあ、と、鈴木が聞こえるように言った。
 少女はハッとして、鈴木に向かって、
「ごめんなさい。後藤和子です」
 と、自己紹介をした。
 井上は、えっ!と声を立て、
「旭丘光志先生のアシスタントをしている『後藤和子』さんですか?」
 と、訊き直した。
「そうです」
 細い目をいっそう細くして少女が答えた。
「ボクは井上です。井上はじめです!」
 井上は立ち上がって頭を下げた。
「ああ、あなたが井上クン?こんなに若いんだあ〜」
 と、後藤が言って口に手を当てた。
 
 後藤和子は、たかはしらが主宰するマンガ同人会のメンバーのひとりだった。
この春に高校を卒業して、劇画家・旭丘光志のアシスタントになった。
 井上は旭丘光志が少年マガジンに原爆被害者の悲劇を描いた「ある惑星の悲劇」に感動して、旭丘に電話でその感想を述べたのだった。
 そして今回の「山形まんが展」にぜひ「ある惑星の悲劇」を展示することをお願いした。
その交渉に再び電話を旭丘に電話をすると、電話に出たのが後藤和子だったのだ。
「井上クン、ごめんね。まんが展に『ある惑星の悲劇』を出品できなくって。講談社との関係で部外に出せないんだって」
 後藤は気の毒そうに井上に謝った。
「とんでもないです。
キャプテンスカーレットの原稿のお陰で子どもたちは喜びました!」

 傍にいた鈴木和博が言った。
「わーっ、そう言ってもらえるとうれしいわ」
 親しみやすい人だなあ……と、井上は思った。



(2007年 8月20日 月曜)




(文中の敬称を略させていただきました)
暑い夏の日第44回

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