40回 喫茶店ポールの中で



 たかはしよしひでが井上らに長岡孝子を紹介した。
 長岡はSFクラブ時代からたかはしらと漫画同人会のメンバーだった。
「そういえば、ステップにイラストを描いていましたね!」
 と、井上が言った。
「井上はじめくんって、米沢漫研だったけど今回のぐらこん山形支部結成にあたり支部長になったんだ。
長岡さんも面倒みでけらっしゃいなあ!」

 たかはしが言う。
 はい、っとやさしい声で長岡が返事をした。
 続けて、宮崎賢治と鈴木和博を紹介した。
 後は、たかはしは長岡と話を始めるのだった。
 
 井上らは、長岡孝子と会うことなどまったく聞かされていなかったから、ただ呆然としていた。
「オイ、はじめよ。お昼だから何か食べようか」
 鈴木が言った。
「いやあ〜悪い悪い。
腹減ったべえ〜?
長岡さん、なにが食べっかあ?」

 たかはしはそう言ってサンドイッチとアイスコーヒーを五人前注文した。
 なんとなく居心地がよくないと井上らは思った。
 
 長岡はおとなしく、たかはしの質問に答えるように話をした。
 東京の大学生であること、就職活動が忙しくなりそうなこと、そのためなかなかマンガを描くことができないこと、ぐらこん山形にも積極的な関わりができそうもないことをたかはしに話した。
「い〜っす、い〜っす、できるようになってがらでい〜っす。
在籍だけしてください」

 たかはしはやさしく長岡に言った。
「はい!」
 と、意志を表明する長岡だった。
 
 三人はたかはしと長岡のやり取りを黙って見ているだけだった。
「きれいなひとだなあ……」
 鈴木がポツンと言った。
 井上もそう感じていたが、漫画同人誌「ステップ」で見ていた写真よりもずっときれいになっていたのには驚いた。
 ポールモーリヤやフランス映画のテーマ曲が喫茶店ポールの中に流れていた。
それが一層、長い髪の乙女を引き立たせていた。
 運ばれてきたサンドイッチを食べながら、井上らは「こんな乙女のような長岡さんでもサンドイッチをたべるんだなあ」と、感動して見とれるのだった。
 
 井上らはたかはしの変化に気付いたのは、そのあたりだった。
 いつものたかはしなら、マンガ談義の中では特に冗談と厳しさを交互に出しながら話をしているが、長岡との会話ではそれがない。
完全にカッコイイ二枚目になっていた。
 たかはしセンセイもきれいな乙女には弱いんだなあ、と思いながらも、これから手塚治虫先生に会うのにたかはしセンセイのこの余裕はなんだろうか。
特に手塚先生からは大事な話があるというのに。
 井上はたかはしのほぐれた態度にびっくりしながらも、怒りと違和感さえ持つのだった。
 
「長岡さん、これから八文字屋書店で手塚治虫先生と会うんだけれど、一緒にいかないかあ?」
 たかはしが誘った。
 あらあら大丈夫なのか?大事な話があるから会う人数は絞るように言われているのに……井上は心の中でそう言い、たかはしをにらんだ。
「私はこれから用事がありますからご遠慮します。ごめんなさいね」
 と、長岡は丁重に断るのだった。
「残念だっス!こんなチャンスはないのになあ」
 と、たかはしは顔をしかめた。
「ホントね。でも、またのチャンスのときに誘ってくださいね」
 乙女は大きな目を細めてそう言った。
 喫茶店ポールから外に出ると気温がガーッと暑く、井上は一瞬めまいに襲われた。
「わあ〜、アッチチチッ……」
 と、たかはしが言う。
「今日はどうもありがとうございました。
みなさん、お元気で」

 長岡はそう言って颯爽と歩いて行った。
 いつまでも後姿を見ていた四人だった。
「オレたちは何のためにここにきたんだっけ?」
 宮崎が言った。
「昼食をするためだよ!」
 鈴木が答えた。
「ああ、きれいになって!!」
 たかはしがポツンと言った。


(2007年 8月19日 日曜 記)




(文中の敬称を略させていただきました)
暑い夏の日第40回

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