32回 てんてこ舞いの手塚プロ



イラスト:たかはしよしひで

 八月六日、富士見台駅前の貸しビルにある手塚プロダクションでは、朝早くからスタッフたちが慌しく制作室と事務所を行ったり来たりしながら、てんやわんやの状態になっていた。
 この手塚プロダクションの主である手塚治虫の原稿の打合せと仕上げ、鉛筆による下書き、主線(おもせん)のペン入れに追われていたからだ。
 手塚は今日から山形の花笠まつりに向かい、その後、秋田に行く。
この間、わずか五日間だが主の手塚は東京を留守にする。
それだけでも、手塚プロダクションはパニックに見舞われる。

 ただでさえ原稿執筆が遅い手塚だった。それに手塚は関連会社にたくさんの役割を持ち、しかも、話題のアニメラマ第二弾「クレオパトラ」公開にむけての追い上げと、宣伝や各マスコミの取材などに追われていたから、手塚の周囲では右往左往の落ち着かない二十四時間が連日続いていた。
 その状態で手塚は東京を離れ、便利の悪い山形と秋田にいくのだから、手塚のスタッフばかりか、手塚番といわれる連載雑誌の編集者や編集長らは、連載原稿が印刷に間に合うように必死で手塚のマネージャーに締切り厳守を要求した。
 しかし、悪いことは起こるもので、「少年キング」連載の「アポロの歌」と「COM」の連作「トキワ荘物語」は下書きさえも出来上がっていなかった。
 手塚プロではキングの編集者が、手塚のマネージャーに泣きながら山形行きを止めて、このまま原稿を描くように交渉している。
 その傍をニコニコ顔の「少年チャンピオン」の編集者が制作室から出てきた。マネージャーに挨拶をして帰ろうとした。
「おっ!キングさん、お先にね。
『やけっぱちのマリア』がようやく出来上がったよ〜。
『アポロ』はまだかい?先生と一緒に山形に行くんだね」

 その瞬間だった。
「うるせ〜っ。
同じ手塚番のくせに、自分ばかり早取りするとはずるいぞ〜っ
マネージャー!あれでは約束違反でしょうがあ!?」

 と、キング編集者はチャンピオン編集者を怒鳴った。
「お気持ちはわかりますが、チャンピオンさんは一ヶ月前からの約束だったので……」
 と、手塚のマネージャーが言った。
「それはないでしょう。チャンピオンさんは先月山形からきた少年たちにここで手塚先生が山形に行くことを聞いたから、策略していつもより三日前も早く締切日を設定したのでしょうが!!」
 と、キングの編集長がマネージャーに詰め寄るのだった。
 チャンピオンの編集者は音を消すようにして、手塚プロの外に出て行った。
「こうなったら、手塚先生には『アポロの歌』を完成してもらってから出掛けていただきましょう」
 と、マネージャーに有無を言わさず捲くし立てた。



(2007年 5月30日 水曜 記)


※この回の物語は作者の創作です。


(文中の敬称を略させていただきました)
暑い夏の日第32回

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