- イラスト:たかはしよしひで
入道雲がいつもよりモクモクと青空を狭しと湧き上がっていた。
電車がゴーゴーと道路沿いの陸橋の上を走っている。
ミンミン蝉がうるさく泣いていた。
井上はじめの祖父の長吉は、薄い髪から汗を垂らして自転車をゆっくりと走らせていた。
米沢駅前の清酒会社「沖正宗」の門を入って行った。
社長室に通された長吉は挨拶もそこそこに、自分たちが発行していた新聞社の広告について話をはじめた。
滴り落ちる汗を手拭で拭く。
「じゃあ、三千円でよろしいのですね」
にこやかに濱田社長はそう言ってお金を差し出すのだった。
長吉はお礼を言いながら頭を深く下げた。
社長室の窓は開けられ、首の長い扇風機がうるさく首を振っていた。
冷たい麦茶が出され、長吉は軽く口に含みながら濱田社長に思い出したようにこう言った。
「ところで濱田さん。うちの孫が先般こちらから表彰を受けたんですよ」
「井上さんのお孫さんが……?
ああ、平和通りアーケードのデザイン募集ですね?
そうですかあ……それはそれは、応募をありがとうございます」
濱田は笑顔で頭を下げた。
「いや、こちらこそおしょうしな(御笑止な…ありがとうございます)。
孫は佳作だったそうで、なんでも入賞は第一中学校美術部だったとか……」
「そうでしたね。なかなかおもしろい作品でした」
長吉は持参してきた扇子を出して、せっかちそうに扇ぎだした。
「孫が悔しがっていました。
アーケードデザインというがら、今までどおり、お酒の宣伝でネオン文字のデザインがと考えだら、一中の生徒らは絵本のような、おもしゃい(おもしろいく楽しい)絵のデザインだったそうだどな。
実は、孫はマンガをずっと描いていでね。マンガでデザインすればいがった(よかった)と言っていだどごろでした」
長吉が井上の悔しさを述べると、ソファに深く座っていた濱田社長が身を乗り出して、
「ホホォ〜お孫さんはマンガを描かれているのですか?」
と、関心があるような姿勢で復唱してきた。そして応接机にあった煙草入れから煙草を取り出して火を点けた。
煙草の煙がゆったりと長吉の顔を包んだ。
「先日も文化会館で『山形まんが展』を開きましてな。
手塚治虫先生や流行マンガ家のマンガを飾ったりして、我が孫ながらもよくやるもんだと感心したんだし」
「エッ、手塚治虫の原画をですか?」
「なんだか、東京さ行って、手塚先生から借りてきたようで。
そうそうまもなく花笠まつりに手塚先生がくるどがで、孫たちと山形で会うとが言っでだようだな」
「井上さん。そのスポンサーはうちなんです!」
「エッ、沖正宗さんで手塚先生を花笠まつりに呼ぶなだがあ?」
「ハイ、山形新聞さんから依頼されましてね。
手塚治虫さんや横山隆一さんら十人位のマンガ家の『漫画集団』とかいうマンガ家の有志たちをお招きすることになったんですよ」
「そのお陰で孫が手塚先生と再会できるなんて奇遇だあ。
濱田社長!おしょうしな(ありがとう)!本当におしょうしな!」
長吉は何回も頭を下げて礼を言った。
ミンミン蝉の鳴き声と一緒に、ナマ温かい風が扇風機から流れてくる。長吉の汗はいっこうに治まらなかった。
「なんて熱い夏なんだろう…」
ポツンと言った。
(2007年 3月 2日 金曜 記
2007年 3月 4日 日曜 記
2007年 3月 6日 火曜 記)
- ■
|