24回 情 熱



「村上クン。手塚先生はこれからのマンガ界に対して、大変危機感を抱いているんだ。自分が作った虫プロダクション、虫プロ商亊、そして手塚プロダクションですら、手塚マンガ離れをしている」
 石井文男は率直に村上に話をはじめた。
「手塚プロもですか?」
 マンガ好きな村上には虫プロダクション、虫プロ商亊の手塚マンガ離れはその制作作品や、出版物で感じられた。しかし、手塚プロもとは意外だった。
「村上クン。手塚先生が『やけっぱちのマリア』や『アポロの歌』を本当に描きたいマンガだと思うかい?
手塚マンガへの読者離れは相当なものだから、いろいろな理屈を付けて時代の流行を追っているだけだ。
 手塚先生は時代を創る人だから、時代を追ったときにはほんとうに詰まんない作品になってしまう。一部の地域では有害マンガに指定されたじゃないか。
 先生は最近『別冊少年マガジン』に『がちゃぼい一代記』なんて自分がマンガをこころざそうとする少年期を描いているだろう?『火の鳥・鳳凰編』といい、読者に対しての手塚マンガの挑戦状としかいいよのない『もがき』のような気がしてならないんだ」

 石井の歯軋りするような悔しい表情がサングラスをとおしてもわかった。
「石井さん、そうはいっても、どこの雑誌にも手塚マンガが連載されているのは人気があるからでしょ?」
 と、村上が訊ねた。
「村上クン、ホケンだよ」
 石井ははき捨てるように言った。
 村上にはその意味がわからなかた。
「つまり、手塚マンガを載せていることで、雑誌には『格』と『社会的良心』があるように見えるんだ。
だから、多くのファンが望んでいなくても手塚マンガは一般社会に向けての『保険』として掲載されるんだよ」

 石井には、そんな利用のされ方をしている手塚治虫の存在を悔しく思っていた。

「村上クン。手塚先生は商業主義を否定はしていないよ。
でもね。売れていればなんでもいいという、商売にだけ迎合する出版界やスタッフには拒否反応を感じているんだよ。
 手塚治虫先生の考えや作品を理解して、目指す方向性を共有化できるスタッフがどれだけ育てられるか、手塚先生はこれに賭けようとしているんだ」
「石井さん。スタッフは手塚先生の考えを理解していないんですか?」

 村上にすれば不思議な話だった。
 手塚のスタッフは、手塚マンガを理解している者たちの集団とばかりだと思っていたからだ。
 石井は頭を横に振りながら、
「どの会社も急激に大きくなってしまったから、なかなか本当の意味での手塚マンガのスタッフは育っていないんだよ。
 『巨人の星』がヒットすれば、こういうアニメを作りたいっていう者も出てくるぐらいだからね。
ボクですら、こいつはなにを考えているんだ?って思うことがあるんだから、手塚先生はもっと不満を持っていると思うよ」

 と、さみしく言った。
「石井さん。ボクたちの『ぐらこん山形支部』とそのことがどのようにつながっていくのですか?」
 村上は再び訊いた。石井は前かがみになって顔を村上の前に出して言った。
「手塚先生の頭の中には、COMの読者、極めてぐらこんの中から企画のできる者や編集者などのスタッフを発掘していきたいようなんだ」
「………それがボクなんですか?」

 村上は静かに訊いた。
 石井は黙ってうなずいた。
 村上のアイスコーヒーの氷がまた解けてカランと音を発てた。

 石井は話を続けた。
「手塚先生はなにも自分を理解しているスタッフばかりを作ろうとしているんじゃないんだ。
ぐらこんをとおして、いろんなマンガ家やアニメーターのスタッフを発掘しようとしているんだ。それだけこのマンガ業界は大きくなっていく速度と人材が追いついていないのが現状だということなんだよ」

 流石、マンガの神様 手塚治虫先生の考えていることは違う!と、村上は感心した。

「ボクがキミたちに『ぐらこん山形支部』を認可したのは、あの暑い米沢の夏よりも、もっと熱いキミたちの情熱に打たれたからだよ。
 そして手塚先生も熱い情熱を持つキミたちにもう一度会いたくて山形に行くんだ。
 村上クンが先ず虫プロ商亊に勤めて、COMのぐらこん担当としてそれを仕掛けてほしいんだ。
 きみは山形県のマンガ同人会の活動の中で、人材を発掘したじゃないか!?
そうだろう?
 きみが先駆けになって、ぐらこんからマンガ界の幅広い分野に人材を送ろうじゃないか!?」

 石井は力強く、村上を誘うのだった。

「石井さん、お話の内容はよくわかりました。
ぼくを高く評価していただき、とてもうれしいです。
 予想もしていなかったお話なので、正直戸惑っています。
 でも、よく考えてみます」

 村上は丁寧に感謝の気持ちを込めてそう言った。
「そのとおりだね。よく考えて答えをだしてください」
 石井はそう言うと、
「村上クン、これから真崎守さんのところに行こう!!」
 と、言って、喫茶店の伝票を持って立ち上がった。
 村上は返事をすることもできないまま、石井の後を着いて行った。
 
 喫茶店から外に出ると、炎天下だった。それに負けないぐらい熱い情熱が村上の胸に燃え上がっていた。

 イラスト:たかはしよしひで



(2007年 5月13日 日曜 記
 2007年 5月14日 月曜 記)




(文中の敬称を略させていただきました)
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