17回 進路希望



 雨上りの土曜日の午後だった。井上は通学帰りの道端でばったりと美智江に出会った。
 美智江はコートを着て、腕に傘をぶら下げて歩いていた。お互いに生徒会が終った帰り道だった。どちらからともなく一緒に帰ろうと目で話した。
 
「ねえ、はじめくん、進路はどうするの?大学にいく?それとも就職する?やっぱりマンガ家になる?」
 美智江は井上に訊いた。
「みんなマンガ家になるのかって訊くけど、オレはそんなこと考えたこともないよ」
「だって手塚治虫セ・ン・セ・イと会ったし、あんなに大きなまんが展を開いたんだから、手塚先生の弟子になってマンガ家になれるでしょう」
「オレは体が弱いし、おじいちゃんとばあちゃんを置いては東京には行けないよ」
「そうかな……本人のやる気でしょ!?やる気があるなら何とかなるもんよ!」
「美智江ちゃんは男みたいだね。そのやる気でいえば、オレはマンガ家なんてなる気はないから……」
「もったいないでしょ?」
「だってマンガもけっして上手じゃないし、同人会ではたかはしセンセイに滅多滅多に批評されているし……。素質なんてこれっぽっちもないから無理だよ」
「はじめくんは素質がないんじゃなくって、意気地がないのよ。中学の時だってはじめくんのマンガがあれだけ注目されたじゃない。好きな道に行くことがいいと思うわ」
「だって、あれは新聞委員だった美智江ちゃんのお陰だし、多少描けるからってマンガ家になれるわけはないし、第一そんなことも考えたことはないって言っているだろう!!」
「じゃあ、何になるのよ?」
「市会議員さ!」
「…………」
「そのためには市役所に入って、行政を勉強する!」
「…………」
「内緒だぞ」
「だってそんなモノになってなにするの?」

 美智江はあきれた顔をして、無愛想に言った。
 それに反して井上は胸を張って、大きな声でこう言った。
「社会のために貢献する。社会福祉を充実させる。この日本公害を無くし、もっと住みよくする」
 美智江は立ち止まった。そしてあきれた顔で井上の顔を見た。
「……はじめくん、バカじゃないの?」
「どうして?」
「どうして、はじめくんがそんなことをしなくちゃいけないの?」
「大事なことだろう?」
「そりゃ大事な仕事よ、でもね、あなたが議員にならなくたって、(社会貢献)できるでしょう?」
「……」
「はじめくんはマンガを描くことで社会貢献できるじゃない?マンガのテーマに社会福祉や公害問題を取り上げれば、もっとたくさんの人に共感や問題意識を与えることができるでしょ?」
「第一そんな引込思案で、ボソボソ話す人がどうして市会議員なのよ。はじめくんしかできない仕事ってあるでしょに。それがマンガなのよ!本当にあなたはバカだわ」

 美智江はぜんぜん自分のことなんてわかっていないんだなと思った。でも、中学時代と変わらないで、はっきりと自分の意見を述べる美智江に心の中で感謝をした。

 ふたりはバス停の中央待合所前まで歩いてきた。
 バスが往来して到着し、出発している。

「さあ、着いたわよ」
 小山絹代の声がした。
 井上はその声で目を覚ました。
 ああ、夢だったのか……、美智江との会話は夢だったのだ。でも、会話のなかみは井上の本心を述べていた。
 近藤重雄と小山に続いて井上はバスを降りた。まさよしだけがそのままバスに乗って駅に向かった。


(2006年11月12日 日曜 記
 2007年 4月 6日 金曜 記)




(文中の敬称を略させていただきました)
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