14回 新聞完成



 六月になると暑い日が続いた。陽射しはもう夏と同じだった。第四中学校から見える山々は新緑であふれていた。その中を登校する中学生たちは、学生服を脱いで、男は白いワイシャツで女は白いブラウスの姿だった。
 
 朝のチャイムが鳴り、教室には学生たちが吸い込まれるように入っていった。
 三年三組の担任春日英朗は、いつものように左手をズボンのポケットに入れて、右手には大きな用紙の塊を持って教室に入ってきた。
 学級委員の色摩美子の声で全員が一斉に起立して、オハヨウゴザイマスと挨拶をした。
「おはよう……。今日は生徒会新聞を渡す。おう、新聞委員会の中山美智江!今回の新聞の紹介をしてくれ!」
 と、春日はいつものように紅い顔をしてぶっきら棒に言った。美智江はすぐに立ち上がり、後ろを向いてみんなに呼び掛けるように説明を始めた。
「ハイ、今回はできるだけ親しみの持てる生徒会新聞を目指してみました」
 新聞は前の席から後ろへと送りながら配られた。
「なんだ、マンガがあるぞ!」
 と、誰かが大声で言った。
 美智江は話を続けた。
「そのマンガは井上はじめくんに描いてもらいました。難い紙面を少しでも柔らかくするためにです」
「オオ、ホントだあ!はじめのマンガだ。アングラくんだあ〜」
「『夢の夢…?』だってさあ。現実はキビシイ、ぶかっこうだヨーンだって、井上〜自分のこと描いたのかあ〜」
「ホントだ、ホントだ!!」

 教室中からワーッと笑い声が起こった。
 
 この瞬間、美智江は「ヤッタ!!」と思った。
 
 この教室と同じ反応がこの四中で、いま起こっていることだろう……、井上のマンガを巡って。そしてこの瞬間から井上はじめという人物と井上が描くマンガに注目が集まるに違いない。
そして少なくても以前よりも多くの人たちが生徒会新聞を読んでくれる、美智江はそう確信した。

「オイ、工藤先生がこんなにカッコいいかあ?」
「巨人の星の星飛雄馬みたいネ」
「おい、長沢!静かにしろ!!まだ、中山からの紹介が終っていないぞ」

 春日はそう言って、美智江に話を続けるように顔で合図した。
 美智江は新聞を取り出して、一面から丁寧に紙面を紹介した。チラッと井上に目をやった。井上は顔を上げないで新聞を見ていた。
「どうしたのかしら?」
 美智江は井上が気になった。
 
「中山、どうもありがとう……。おい、井上!お前のマンガはなかなかよくできている。校長先生も感心していた。これであの件は許してくれよな!?」
 と、春日は井上に言った。
 
「……あの件?」
 そうだった。佐世保にエンタープライズ空母が入港した時に、井上が描いた入港反対の壁新聞のことか。
 あの時は、校長先生が内容が政治的で学校の壁新聞には不適切だからと、担任の春日先生を通して注意があった。それを春日先生はオレの考えや気持ちを理解して校長先生に交渉してくれた。結果はダメだった。あの時、春日先生は「お前の描いていることは間違ってはいない。でも、校長先生から許可がでない限り、学校には掲示ができないんだ。済まないが他の内容に替えてくれ」と、オレに頭を下げて言ったっけ。
 井上は、ちょっと遅れがちに、
「……ハイ」
 と、返事をした。
 
 朝礼が終ると、級友たちは井上に寄ってきて囲んだ。
「井上、お前なかなかいいの描くじゃん!二宮(先生)なんかそっくりだ」
 と、佐藤一彦が言った。
「工藤(先生)は、若すぎるんじゃないかあ〜井上、工藤にゴマすっていないか!?」
 と、長沢純一は両手を広げ、オーバーな動作をしながら大声で言った。
 井上は顔が真っ赤になっていた。今までもマンガを描いていたが、生徒会新聞に載ったことでこんなに周りが騒ぐとは予想もしていなかった。それだけに恥ずかしくって、頭を上げることができなかった。
 
 この模様を二つ前の席から美智江は微笑んで見ていた。
 
 三校時が終ってから、廊下から頭がスポーツ刈りのメガネを掛けた男性教諭が教室に入ってきた。それはこの四月からのこの学校に赴任した二宮美夫だった。
 二宮は教壇からキョロキョロと教室の周囲を見渡した。
「井上はじめはいないか?」
 教室のみんなに訊いた。そこへ井上が教室に入ってきた。
「おお、井上!きみに用事があってきたんだ」
 井上は教壇前に立ち止まった。
「井上、生徒会新聞にボクの似顔絵を描いてくれてありがとう!うれしかったぞ」
 そう言って、二宮は息を吸うような感じでガハガハッと笑った。
 井上は顔を真っ赤にして頭をかいた。
「よく似てるって職員室でも言われたよ。この春この学校に転勤してきた者としては、印象に残ることをしてもらって、なんか有名人にでもなった気分だ。特徴もよくつかんでいる。先ずはお礼に参上した」
 そう一方的に話をして、二宮は笑顔で教室から次の授業先に向かっていった。
 ボーとして立っている井上だった。
 前には美智江が席に座ってニコニコしていた。「はじめマンガの売り出し作戦大成功」……満足げな美智江の表情だった。



(2006年10月 9日 月曜 記
 2007年 1月28日 日曜 記)




(文中の敬称を略させていただきました)
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