13回 プロデューサー



 井上は一気に四コマの下書きを描いた。そしてペンを入れた。
 ペンでは、いつものように粘りやはねたりするようなタッチは避けて、大人のコママンガ風に単純な線に徹した。あっという間に描き上げることができた。
 
 井上の気持ちには充実感はなく、なんとなく器用にこなしたような、そんな気がした。だからいつものように、描き上げた後に原稿を手にとって、何回も見直して満足感に浸るようなことはなかった。
 
 それよりも手塚治虫先生からのハガキをジッと見つめ、何回も読み返した。
 
お手紙ありがとうございました。
マンガを描くことはいいのですが、やはり学校の勉強が大切です。
それからマンガばかり読んではいけません。
読書や映画を観ることも大切です。
どうぞこれからも頑張ってください。
それから上京する時は事前に連絡をください。
楽しみにしています。
手塚治虫

 この日はいつもより早く眠ることができた。
 
 朝がきた。
 第四中学校に着いた井上は早速新聞委員の美智江に原稿を渡そうとした。美智江は最前列の自分の机にいた。井上は肩掛けカバンをしたまま、恐る恐る声をかけようとした。
「はじめくん、四コママンガを描いてきたの?」
「……」

 井上はまた声をかけるタイミングを逃してしまったことを悔やんだ。
「どうして黙ってんのよ!朝からボ〜ッとしてどうしたのよ!!」
 またこの調子で捲くし立てられる……と井上は美智江の目から視線を下に落した。
「描いてきたんでしょ!?早く見せてごらん」
 そう言って美智江は右手を井上の方に差し出した。
 井上は肩掛けカバンを美智江の机の上にゆっくり下ろして、ビニール袋に丁寧に丸めて入れた四コママンガの原稿を取り出した。
 ジッと原稿を見る美智江。目だけが上下左右に動く。
 真剣なまなざしだ。
 
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 一コマ目
 勉強は一番!!とアングラ君が100点満点のテストを自慢げに持っている
 
 二コマ目
 口笛を吹くアングラ君。周囲から「カッコイイ」と声があがる
 
 三コマ目
 クラスの人気者でサインをねだられて応えているアングラ君
 
 四コマ目
 しかし、これはすべて夢で、現実はキビシイ。ぶかっこうだヨ〜ン
 0点のテストを持って肩を落して歩くアングラ君

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 見終えると美智江はため息をついてこう言った。
「単純なマンガだね、絵もいつもの絵より軽く感じる。どうしたのよ」
「……オレのことを描いたんだ……」
「そんなことわかるわよ。でも、これは、はじめくん自身の願望でしょ?現実の裏返しでしょ!?」
「…………」
「私の出したテーマは夢の夢なのよ。これじゃ夢でもなければ、おもしろくもなんともない!逆につまんないじゃないの。はじめくん、まじめに考えて描いたの?」

 美智江は強い口調で井上を問い詰めた。
「オレはオレの夢を描いたつもりだけど……」
「このマンガを読んだ人は、あたり障りのない平凡な物語としか受け止めないわ」

 井上には美智江がなにを言いたいのかが理解できない。
「はじめくん、題名が『夢の夢』なら、もっと大胆に……そう、大きい夢を描かなければ読んでいる人は感動しないわよ」
「カ・ン・ド・ウ!?」

 井上はますます頭が混乱するのだった。
「そう、感動よ!みんなマンガや映画を観たいのは感動したいからよ。私ははじめくんのマンガを見て感動したの。この感動を他の人にも伝えたいから、私は生徒会新聞にはじめくんのマンガを載せたいと考えたんだからね」
 美智江はなんだか必死になってオレに呼び掛けている……と、井上はあらためて美智江の目を見た。
 美智江は井上をにらんでいた。井上は目をそらし下を向いた。
 周囲の者はふたりのやり取りを知らないように気を遣っていた。しばらく沈黙が続いた。

「……はじめくん、これでいいよ!このマンガでいこう」
 美智江はポツンと言った。
 井上は頭を上げて美智江の顔を見た。美智江は笑顔を作りながら、
「ゴメンね!はじめくんに期待しているからついつい欲張りなこと言ってネ」
 井上は頭を左右に振った。


(2007年 2月12日 月曜 記
 2007年 2月13日 火曜 記
 2007年 2月15日 木曜 記)




(文中の敬称を略させていただきました)
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